第23話

文字数 1,157文字

 その強烈でギラギラと発色する音楽は凶暴で俺の中のあらゆる価値観を打ち砕いたが、同時に柔らかく居心地が良く俺を包み込んでいた。
 轟く雷鳴のようなロックンロールとの初遭遇以来、俺はこの音楽ジャンルに夢中になった。部屋にあったコレクションともいえない過去の集積物が本当にガラクタに見えた。
 俺は夕方、暇さえあれば駅前にあった小さなレコード屋に通った。
 当時のレコード屋は殆どがCDに置き換わっていたが、低い棚の中はまだレコードが残されていた。演歌歌手やアイドルのポスターが所狭しと張り巡らされた狭いレコード屋の奥のオヤジの眼光は鋭く一言も喋らずにただ訪れる客を睨んでいる。その小さなレコード屋の奥には音楽系の本棚があり、胸の位置には売れ残りなのかバックナンバーなのか雑誌が立てかけられていた。俺はその棚の前で当時発行されていた洋楽専門に取り扱った雑誌、クロスビートやロッキンオン、バズ、ギターマガジンなどを読みあさった。そのほとんどは今は廃刊となってしまっている。
 俺の一ヶ月の小遣いは千円だった。当然、三千円もするアルバムなんかに手は出ない。俺は、ジャケットを眺めてその中に納められている音がどんな音なのか想像するしか術はなかった。
 一枚もレコードを買わないくせに、毎日通っては書籍コーナーの雑誌を立ち読みする坊主頭の中学生をそのオヤジはどう思っていただろう。今となってはその思いはわからないが、熱心にCDやレコードのジャケットを眺める俺を何も言わずにオヤジはただ睨みつけるだけだった。
 初めて自分の小遣いで手に入れたCDは、あるアメリカのロックバンドのデビューアルバムだった。あらゆる雑誌で大絶賛されていたので間違いなく名盤だと確信を持っていた。
 無愛想なオヤジにレジでお金を払い、小さなビニール袋に入れられたCDを自転車の前カゴに乗せて持って帰る家路の途中で俺は、無敵になったような気がしていた。念願のロックンロールアルバムをついに手に入れた。俺の胸は高鳴り、顔がにやけていたのが今でも思い出される。
 父親に頼み込んで、小遣いの前借りをするという厳しい交渉の上ようやく手に入れたそのアルバムは、俺の宝物となった。このCDは今も実家のどこかにあるはずだ。
 とにかく、中学生の俺は世界を初めて手の中に収めることができたのだ。
 今から思えばこの時が俺のロックンロール人生の最高潮だった。貪るように聞いていたロックンローラーたちは、みんな夢や愛や平和を高らかに歌い上げ、俺たちの怒りや焦燥感を和らげ、もやもやとした青年期特有の置き場のない気持ちを代弁してくれていた。俺たちはその代弁者たちを信奉し熱狂していた。
 そうして俺は高校生となった。しかし、高校生の時にはバンドを組まなかった。いや、正確に言うと組めなかったのだ。
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