第28話

文字数 721文字

 俺は話を続けてみた。
 「いえいえ、まだどこへ行くかは決まっていないのですが、ここではないことだけは確実です」
「ほう。大変ですね。どこへ行かされるのかわからないって不安じゃないですか?」
「まぁ、でも自分で決められるので気楽です」
「へぇ、それはそれで大変じゃないですか」
「まぁね。安定はしないよね」
「不安定ですか。それは心配じゃないですか?」
「僕の小さい頃は体が弱くて、もう毎月のように病院通いでしたよ。背も小さくてね。行動も制限されていましたし。そんな自分に心底嫌気がさしていましたが、まぁ、子供だからどうしようもない。大人になれば自由になるとわかっていたし、我慢でしたね。そんなだったから今は、心配よりも楽しみに近いですよ。それぞれの現場で出合う者もいますしね。僕はいわゆる自由業ってヤツですよ」
 男の口角が上がった。
「羨ましいですね」
俺は何気なく呟いてしまった。普段は相手の心情を慮ったうえに出来るだけ詮索させないような会話を心がけている。つまり、相手の話を聞く専門で、自分の話はできるだけしないことを意識しているのだ。だが、どうしてか、この時は自分の気持ちを吐露してしまった。
「羨ましい?何故ですか」
男の眼光が少し光を持ってこちらを覗いた。
俺は、普段の自分の会話との違いを感じながらも、話題を変えることもできず続けた。
「だって、周りには仲間がいっつもいてるのですよね。どこへ行くにも、どんな働き方をするにも。我々なんかは毎日決められた場所で決められたものを決められた話し方で売りつける。所詮は一人で行動するんですよ。会社のシステムの上で。そんな仲間との仕事なんて、しがないサラリーマンには到底無理な話ですよ」
俺は少し自嘲しながら話した。
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