第32話

文字数 603文字

「こんな天気の良い、爽やかな日はついついノスタルジーに浸ってしまうことがあるのですよ」
「今は、何か目標的なことってないのですか」
 男が当たり前のように聞いてきた。
「いやぁ、特に無いですね。まぁ、確かに、今は作業着の営業マンをしてますから、自分の紹介した商品が売れれば嬉しいですよ。それが、月に50着や100着なんて注文があれば、そらぁ、良かったって思います。やりがいも感じます。でも、違うんですよね。何かが違うのです」
俺は首を捻ってストレッチをした。身体の奥の方で骨がきしむ音がした。
「もちろん、今は俺のロックンロールで世界中の価値観を変えてやる!なんてことはいいませんよ。学生の時のような情熱的な活動もできないし。それは凄く子供っぽい夢だということも理解はしています。でもね、時々思うんですよね。あのまま私が解散を言ってなければ、もしかしてって。妄想ですけどね」
俺は、自虐的に笑顔を貼り付けた。
「いやいや、まぁ。若いってだけで特権ですからね」
俺と男は同時に同じ方向を見た。
河原にいる人はほとんど見えない。向こう岸には親子が小さな公園で遊んでいるだけだ。こちら岸は若い男がベンチに腰掛けて遠くを眺めている。爽やかな陽光が満遍なく降り注いで遠くから車のエンジン音と女の子の遊ぶ声が聞こえる。
「ところで、この世の中で一番危険な生物って何かご存知ですか?」
 この男の突然の話題変更に俺は一瞬、ついていけなかった。
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