第29話

文字数 928文字

「確かに自由といえば自由ではありますね。いつでもやめられる仕事といえばそうだしね」
 男は淡々と感情を込めずに話している。
この男は独身なのだろうか。俺は少し探ってみた。
「そうなんですか?ますます羨ましいです。家族を持てばそうも言ってらんないですから」
「家族がいると大変ですね」
「まぁね。働かなきゃ食べさせていけないと思うとまた変なプレッシャーがかかりますね」 
 俺は小さく笑った。
 男が独身だということはわかった。
「でも、僕らなんて、いつ死ぬかわからないし」
 男は少し首を横に振った。
「そんな危険な仕事なんですね」
「そうなんですよ。海外での仕事は死ぬか死なせるかみたいなところがありますね」
 男はニヤリと笑った。
 この男はいったいどんな仕事をしているのだろう。目線は鋭く、筋骨隆々、もしかして反社だろうか?ますますこの男に興味が湧いてきた。
「仕事は海外が多いのですか?」
「そうですね。このところは中東が主な仕事場となっていますね。昔はインドネシアとかアフリカなんかも行きましたよ」
「へぇ。あまり馴染みがないところですね」
「日本ではそうなんですよね。でも、あの浮き彫りの壁や、タイルで飾られたアラベスクのモスクなんかは一度見られても良いですよ。本当に美しいので」
「そんなに海外へ出掛けてらっしゃるなんて、本当に羨ましい」
「まぁ、世界が平和ならいいんですけど、それはそれで僕達の仕事が無くなってしまうね」
そう言った男の目が少し細くなった。
「海外専門の土木関係のお仕事ですか」
俺は作業着を主に扱うセールスマンなので、仕事柄作業着を着る顧客はたくさん見てきている。もちろん、工場系の作業着が多いが、少なからず鳶職のニッカや、土木関係のベストなんかも扱いがある。もしかすると、この男も俺のセールストークで商品に興味を持ってくれるかもしれない。
「まぁ、土木っちゃあ土木かもしれないですがね」
「アナタが今おっしゃった国々は基本的に内戦や治安が良くない場所ですよね。という事は、戦争が終わった後に、何処からか派遣されて壊されたビルや橋を再建する仕事でもされてるんでしょうか」
「いや、僕達はそうなる少し前の仕事をしています」
間違いない。この男は俺の扱っている商品が必要な男だ。
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