第19話

文字数 1,023文字

「好奇心ですか」
 私はその女性の落ち着いた声に何か奇妙な好奇心を刺激され、続きを促した。
「今から思えば若い頃の好奇心と言うよりも、自由になりたかったのかもしれません。きっと私は私を演じることに窮屈な思いをしていたのね。家族に迷惑をかけることができないとか、家に来たお客様に可愛がられなければいけないとか」
「はー、お金持ちも大変なのですね」
「そうなんですの。庶民の皆様にはわからないような窮屈さがありますの」
 その女性は私を見ながら微笑んだ。えもすれば、嫌味に聞こえるような話だが、この女性の包み込むような声と上品な話し方がむしろ心地よかった。
「私はそれから一度も生家には戻っていません。それがどこにあったかも、もう忘れてしまいましたわ。難しい事はよく分かりませんがきっと、本能なのかもしれませんわね」
 私はもって来ていたペットボトルの蓋を開け水を一口飲んだ。その水はぬるく、口の中をまとわりつくように喉をうるをした。
 亜美は男の子と砂場の砂を一箇所にためて、小さな山を作っていた。
「私はそれから街をウロウロするようになりましたの。街は刺激的で楽しかった。ほとんど初めて見るような光景が目の前に広がっていましたの。なぜ今まで私はこんな楽しい世界を知らずに生きていたのだろうかって思いましたわ」
「家に帰っていないって、寝る場所とかご飯とかどうしたんですか」
 私は疑問に思ったことを素直に聞いてみた。
「確かに、いろいろなところで苦労はありましたわ。でもね、何とか生きていけるものなのですよ。例えば、街で知り合った男の家に転がり込むもよし、同じような境遇の子とも仲良くなれたわ。まぁ、そんな関係はあまり長くは続かないのですがね。大体は見つかってつれ戻されたり、事故で亡くなったり。そうなったらまた別のところに行けばいいだけ。そんなことを繰り返してこの町に流れ着きましたの」
「すごいですね。何か強いというか、たくましいというか」
 いつの間にか私は伏し目がちになっていた。自分の視界には斜め下の地面だけが映っていた。
「私なんて、いつも周りの目が気になって自分の中に閉じこもっちゃって。うまく人と合わせることだけが目的となって、目立たないようにおとなしく過ごすように心がけています」
 私の口から本音に近い言葉が漏れた。
「楽しいですか」
 その女性は優しく尋ねてきた。ふと顔を上げてその女性を見ると眉を上げ微笑みながらもう一度
「それ、楽しいですか」
 と聞いてきた。
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