第4話

文字数 850文字

「いや、別に」
 オッサンに見透かされた俺は少しムッとした。
「まぁ、ええがな。兄ちゃん喋るの苦手やろ。無理したらあかんで。だいたいやなぁワイら生きてるもんに無理は向いとらんねん。自然なもんやねんから自然に任せたらええねん」
 オッサンは何か満足気に遠くを見つめた。
「はぁ、まぁそうですかね」
 これも曖昧に答える。
「ここまで来る前に土手の上の道路、通って来るやろ」
 オッサンは急に話題を変えた。
「この季節はな、後ろの田んぼからこっちの川までいろんな奴が引越しして来よるねん。向こうも暮らすには問題ないねんけど、やっぱり広いとこの方が暮らしやすいからな。んで、道路を渡る時に車に轢かれよる。そいつらはペシャンコになって太陽に照らされてカラカラに干からびよる。煎餅みたいやろ。んで、何回も轢かれて形もなくなってシミだけが残りよるねんな」
 俺の今いる場所は河川敷のようになっていて、東西に流れる目の前の川を挟むように南北にそれぞれ一段高くなり、南側に公園が、今座っている北側のベンチの後ろには車が通れる道路を隔てて小さな田んぼがある。そこはカエルやアメンボ、タガメ、ザリガニなんかが生息している。俺も幼い頃はよくその田んぼにザリガニやカエルを釣りに行った。
「でもな、あいつらはなこっちに来ようって努力しよるねんな。こっちに来てもどうなるかわからんのに、命を危険に晒してまで冒険しよる。ワイはただ黙ってそれを眺めてるんや。オモロイで」
 俺は背中を丸めて地面を眺めている。
「ワイはな、川側やから川の向こうがどないなもんかよう知らんねんけど、いっぺん死ぬまでに見に行きたいって思っとるんや。でも道路渡らないとアカンやろ。アイツら見てたら中々勇気がでんのやな」
「いや、行ったらいいでしょ」
 俺は顔を上げてオッサンに突っ込んだ。
 見上げたオッサンの顔は寂しげに感じた。
「そうやねんけど、中々なぁ。世の中には難しいこともあるわな」
「あなたはカエルとかザリガニとは違うでしょ。あの橋を渡って向こうに行くなんて難しくないでしょ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み