罠だと知っても避けて通れぬ道 3
文字数 1,427文字
ケテルの書類仕事が終われば、補佐としてのカインの仕事時間も終わりになる。
本来なら書類作成時以外でもケテルの手伝いがあれこれとあるのが補佐なのだろう。だが何しろ解析関係は全部手伝いようがないし、書類の始末も怪しいので、ケテルが仕事をしていない間にカインに割り振られるような仕事はないのだ。
毎日、日中数時間ほど集中して仕事をやりきってしまうケテルなので、およそ夕方前にカインは解放される。
とはいえ仕事終わり後には学校から戻ってくる弟たちのための食事の準備などの家事に追われるため、時間が余るということはない。
仕事後、現在の住居(これも解析本殿の敷地内だ)へと向かうカインに、後ろから激しくぶつかってくる相手がいた。
「うおぅっ!?」
驚いたけれど数歩よろめいただけで体勢を立て直したカインは、背中に張り付いている相手を振り返る。
「おーいセト、どうしたいきなり」
「に、い、ちゃ」
アベルとほぼ同じ身長。
この辺では少数派な金の髪はさらさらで、カインたちとは明らかに違う地域の血が入っている造形の少年だが、今はカインのもう一人の弟、セト。
見上げてくる目はカインたちとほぼ似たような茶色の目だが、今は濡れて光彩が揺らめいていた。
泣いているのか。
いじめられた?
一瞬でアレコレ思考したものの、とりあえずはしがみついていた弟の両肩をしっかり持ってそっと引き剥がす。
そうしないと話がし辛い。
「落ち着け。取り敢えず顔拭け」
拭けと言いつつ取り出した布を押し付ければ、こくこく頷いてセトは布で数回顔を拭いた。
ちょっと乱暴な動きだったので、目を傷つけていないか心配になる。
「何があった?」
「あ、の」
セトは物心つく前からずっと喋りが不自由だったらしい。
吃音というのか、滑らかな発音がどうしても出来ないようだ。
それは引き取る際に貰った孤児院の資料で知っている。会話の訓練は本殿に来てから専門の医者に月数回して貰っているけれど、今後も劇的な変化はまず見込めないという話だから、もうそういうものなのだろうとカインは受け止めている。
その話し方で周囲は勝手に誤解しがちだが、セト自身の知能は恐ろしく高い。らしい。
これはケテルが診査して断言してるので間違い無いだろう。弟たちを診査したケテル曰く、アベルには類まれな解析の感覚があるが、セトには類まれな知能の高さがあり、それぞれ正しく教育さえされれば解析士として卓越した能力を見込める事が期待できるという。
実際、少し環境を整えたら、揃って解析士を育成する本殿の学校に編入出来たのだ。
きっかけはカイン経由のツテだが、学校に入ったのは各々の実力であってケテルは一切関与していない。これはケテルも断言しているし、あのセフィラはそういうものを好まないから事実のはず。
血の繋がりこそないが、セトも今ではカインの自慢の弟だ。
「ア、ベ、ル。つ、れ、さ、り」
不自由な喋りをもっても、はっきり中身が伝わるよう工夫して、セトは言葉を選ぶから。
流石にカインもすぐ理解した。
――アベルが連れ去られた――
一瞬、全身の血が沸騰したような感覚が駆け巡り、すぐに氷水を頭から被ったような感覚が襲った。
脳内で「今時幼児でもこんな手に引っかからんぞ」というケテルの言葉が一瞬流れ、けれど今回もそれを蹴り飛ばす。
他の誰かが言うならまだしも。
弟の言葉までを猜疑心で包むくらいなら、どんな罠でも乗り込んで破壊しに向かった方が余程にマシだ。
本来なら書類作成時以外でもケテルの手伝いがあれこれとあるのが補佐なのだろう。だが何しろ解析関係は全部手伝いようがないし、書類の始末も怪しいので、ケテルが仕事をしていない間にカインに割り振られるような仕事はないのだ。
毎日、日中数時間ほど集中して仕事をやりきってしまうケテルなので、およそ夕方前にカインは解放される。
とはいえ仕事終わり後には学校から戻ってくる弟たちのための食事の準備などの家事に追われるため、時間が余るということはない。
仕事後、現在の住居(これも解析本殿の敷地内だ)へと向かうカインに、後ろから激しくぶつかってくる相手がいた。
「うおぅっ!?」
驚いたけれど数歩よろめいただけで体勢を立て直したカインは、背中に張り付いている相手を振り返る。
「おーいセト、どうしたいきなり」
「に、い、ちゃ」
アベルとほぼ同じ身長。
この辺では少数派な金の髪はさらさらで、カインたちとは明らかに違う地域の血が入っている造形の少年だが、今はカインのもう一人の弟、セト。
見上げてくる目はカインたちとほぼ似たような茶色の目だが、今は濡れて光彩が揺らめいていた。
泣いているのか。
いじめられた?
一瞬でアレコレ思考したものの、とりあえずはしがみついていた弟の両肩をしっかり持ってそっと引き剥がす。
そうしないと話がし辛い。
「落ち着け。取り敢えず顔拭け」
拭けと言いつつ取り出した布を押し付ければ、こくこく頷いてセトは布で数回顔を拭いた。
ちょっと乱暴な動きだったので、目を傷つけていないか心配になる。
「何があった?」
「あ、の」
セトは物心つく前からずっと喋りが不自由だったらしい。
吃音というのか、滑らかな発音がどうしても出来ないようだ。
それは引き取る際に貰った孤児院の資料で知っている。会話の訓練は本殿に来てから専門の医者に月数回して貰っているけれど、今後も劇的な変化はまず見込めないという話だから、もうそういうものなのだろうとカインは受け止めている。
その話し方で周囲は勝手に誤解しがちだが、セト自身の知能は恐ろしく高い。らしい。
これはケテルが診査して断言してるので間違い無いだろう。弟たちを診査したケテル曰く、アベルには類まれな解析の感覚があるが、セトには類まれな知能の高さがあり、それぞれ正しく教育さえされれば解析士として卓越した能力を見込める事が期待できるという。
実際、少し環境を整えたら、揃って解析士を育成する本殿の学校に編入出来たのだ。
きっかけはカイン経由のツテだが、学校に入ったのは各々の実力であってケテルは一切関与していない。これはケテルも断言しているし、あのセフィラはそういうものを好まないから事実のはず。
血の繋がりこそないが、セトも今ではカインの自慢の弟だ。
「ア、ベ、ル。つ、れ、さ、り」
不自由な喋りをもっても、はっきり中身が伝わるよう工夫して、セトは言葉を選ぶから。
流石にカインもすぐ理解した。
――アベルが連れ去られた――
一瞬、全身の血が沸騰したような感覚が駆け巡り、すぐに氷水を頭から被ったような感覚が襲った。
脳内で「今時幼児でもこんな手に引っかからんぞ」というケテルの言葉が一瞬流れ、けれど今回もそれを蹴り飛ばす。
他の誰かが言うならまだしも。
弟の言葉までを猜疑心で包むくらいなら、どんな罠でも乗り込んで破壊しに向かった方が余程にマシだ。