失くしていた記憶と大事な家族 1

文字数 1,921文字

 カインの、下街界隈で消し屋と言われた特異性は元から備わっているわけではない。
 ある事件から突然に、だった筈である。
 自分のことなのに筈などと曖昧な言い方をするしかないのは、備わった経緯をカイン自身がよく覚えていないせいだ。過去は大体思い出した今でも、その辺はまだ曖昧である。
 殴られて死にかけた後遺症、にしては発生してる現象があんまりに強力すぎるというのはケテルですら認めている。
 思うに、あのわがまま放題セフィラ様はその辺が気になってカインを側に置いているのだろう。
 妙に頑固な部分があるから、ケテル自身がそう決めたのなら、全容が判明して納得するまで誰に言われたってカインを見逃す気は無いだろう。
 カイン自身もこの能力がどうなっているのか知りたいし、記憶の大部分が戻ったのも家族であるアベルに再会出来たのも、ついでにアベルに良くしてくれていたセトを引き取れたのもケテルのお陰な部分があるので、日常ものすごく文句並べててもカインは一応感謝している。

 親に殴られた後に目覚めたカインは、ずっと多くの記憶を失ったままだったが、その一個が目の見えない弟の存在だった。

 覚えてなくても、すぐ会えさえすれば問題はなかっただろう。その存在や思い出を、全部かはともかく思い出せていた筈だ。
 だがカインが長らく意識不明だった間に、生活で頼れる相手が無くなったアベルが役場に見つかり運悪く孤児扱いで施設に送り込まれてしまったせいで、意識が戻ってから記憶を失くしていたカインは弟を思い出すきっかけがなかった。
 自宅に帰っても、惨劇の名残は別にして弟の名残は少なく、違和感はあれど思い出すまでに至らず。
 弟に関しては、セフィラとして多くの情報を見る権限があるケテルが詳細に調べてくれたから辿り着けた。ケテルの手引きによって弟と再会して、話をするうちに失くしていた弟関係の記憶の多くはほぼ戻ってきたし、再会出来てなければ今も忘れていただろう。

 元々兄弟仲は良かったので、思い出せば当たり前に弟を引き取ろうと動いた。
 記憶がないならともかく、記憶と兄の自覚が戻った後も目の見えない弟の面倒を誰かに任せるなんて選択肢はなかったし、アベルもこちらの申し出に二つ返事で喜んでくれたから、互いに躊躇いはなかった。
 二人で今後安定した生活できるかなんて二の次で、家族だから一緒にいようと思っただけだ。
 どうせ記憶をなくす前だって、貧しく不安定な生活をしていた。仕事もせず昼間から酒を飲んで暴れるだけの父という荷物が無くなっただけ生活の不安は減っている位だとカインは思っていたし、アベルも同じだっただろう。

 常日頃、金を使い込み酒に酔っては我が子を殴って暴れていた父の存在から庇い庇われていたのもあり、兄弟の絆は、どうして記憶をなくせたのかとカイン自身が呆れる程度には強い。

 カインが離れていた間、同じ孤児院にいて、目が見えないという問題もあってあまり良い扱いをされていなかったアベルに、ずっと親身になってくれていたセトまで一緒に引き取った。
 これはアベルの希望もあるし、カイン自身が自分のいない間自分の代わりにアベルを守ってくれていた恩人だと、家族に迎えて良いと判断したからだ。父という荷物に比べれば、セト一人増えることくらいなんてことはない。
 だからそのまま、あの街で三人で暮らすのでも良かった。
 多くの不便さ・金銭的な苦労はあれど、きっとどうにかなった筈だ。

 それが現在、まだ若い身でありながら二人の弟を安定して養えて、しかも揃って解析本殿の学校に通わせられているのは、ケテルの存在が大きい。
 住処が本殿に限定されてしまったが、家賃を取られてないので弟たちに必要なものを買った上でなお、貯金する余裕すらある。

 この辺はいくら感謝したって足りないくらいだ。
 だから、本来ならもーちょっと、セフィラだからというだけでなくケテルという人間を、それだけで尊敬し敬って良いくらいに多くを助けられているという自覚はカインにだってある…………あるのだ。

 そんな感謝や尊敬を補って余りある位のあの個性さえなければ、もーちょっとカインもそれを態度に出せただろうに、と。
「言い訳なんだけどさ」
 ケテル不在中、勉強を忘れ回想に耽り、そこまで考えたカインはポツリと呟きを落とす。

 己の立場は分かっているのに、どうにもそれを表現することができない。
 もどかしさと申し訳なさと情けなさと開き直り。

 ケテルの補佐をする中で、カインは毎日のようにそれと向き合っている。元々考えるのは苦手だというのに、毎日朝からケテルに対し似たようなことを繰り返しては、後でこうやって一人反省会をするのが最近の日課だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み