やばい奴ほど後から登場する 2

文字数 1,727文字

 親切心も込みでカインは事実を伝えたけれど、それを相手が信じるかどうかは別の話らしい。
「嘘だ! こいつは辞めたくないから嘘をついているっ!」
「騙されねぇぞ!!」
「お前の話なんか関係ない! とにかく言え!!」

「…………あーなるほどそういう考え方もあるか……さすが頭がいい人は考えることが違うな〜ハハハハ」
 完全否定されたこちらの言葉に、なんかもう言葉が通じる気がしなくなってカインは深々と息を吐いた。
 こっちがそんな高度な駆け引きが出来るくらいなら毎日ケテルに数えきれない回数、愚者的扱いをされてない気がするのだが、相手からすればそんなん知ったこっちゃない事実だろう。

 そういえば他の解析士の前では、まだ堂々全力で貶されたことは少なかったような、気がする。
 せいぜい弟たちの前位だ。あの男が一切の遠慮なく自分をこき下ろすのは。

 いやそれだけでも十分迷惑なのだが。
 むしろ一番親密な相手である弟たちの目の前でその兄を蔑みまくるというのは、今後の兄弟仲に万が一影響を与える可能性を考えると非常に悪質なんじゃなかろうか。
 いやそもそも、他者を馬鹿だの愚か者だのと言いまくる時点で、うん。

 そう考えるカインは、同時に自分も結構ケテルにあれこれ言っている事実は棚上げ中だ。
 人間の思考は非常に都合よくできている。
「早く言え! 言わないとどうなるか」
 進展しない状況にそろそろ焦り始めたか、アベルを後ろから押さえている男が刃物を揺らし改めて脅してきた。
 それに返事をするようにカインは思考を止めて現実に戻る。
 相手の正体はもうわかっているので無茶なことはしないだろうと分かっているけれど。それでも弟に刃を突き付けられたままの状態というのはどうにも兄という立場上、不安が消えない。仮にあの刃すらお子様包丁の如く切っ先を丸められたものであるかもしれなくても、状況自体が不快なもんである。
 万が一、あの手が滑ってだろうが偶然だろうがアベルに一筋でも傷をつけたら、あいつら絶対無傷じゃ帰さねぇ。と思いつつカインは仕方ないと両手を挙げた。
「はいはい。いくらでも言うから早く離せよ」
 言うことは構わない。そんな言葉一つでアベルが戻ってくるなら安いものだ。
 こんな相手の思惑で「言わされる」というのは少々癪だが、普段から売り言葉に買い言葉で散々本人へ言ったことがある言葉を、本人がいない場所で言うだけなので、抵抗感は殆どない。
 しかも結構本音混じってるから余計。

 正直「ケテル様最高です私はケテル様を誰より崇拝しております今後はケテル様を決して罵らず殴らず常に敬い永遠の忠誠を捧げることをお約束します」とでも言わされる方が余程嫌だ。
 想像するだけでぞわっと全身が逆撫でされた感じになる。
 途中から絶対無理だわー他のことならなんでもするから許してってなるだろう。

 だからまぁ、言うことに躊躇の少ない言葉一つで弟の身柄が戻ってくるなら簡単な話。
「俺はケテルの補佐を今すぐ辞め」


 ガンっ ガンっ
 バキャっ バキャっ


 前髪の脇を掠って、早すぎる何かが2回、視界に走った、ような。
 かすった前髪からは焦げたような匂いがして、最後に音がした足元の方を横目で確認したら、何やらしゅぅっと細い煙が立ち上っていた。薄暗い廃墟の中でも、煙の出元に小さい穴のようなものが視認できる。煙は2箇所。

 意味不明さに、ここに来て初めて緊張して心臓が嫌な音を立てる。
 今の数秒だけで、なんかものすごい命の危険が迫ってたような気がして、ここにきて初めて背筋にどっと嫌な汗を感じた。
「…………なぁ今の何?」
「し、知らんっ俺たちじゃない!」
 だがどうやらアベルの方にいる奴らは無関係らしい。一応問いかけてみたらものすごい勢いて否定された。
 というか反応だけなら向こうもカインと似たような感じなので、本当に知らないのだと分かる。


 なんかもう嫌な予感が膨れ上がったまま、最初の音がした方をカインはゆっくりと見上げ。
「このオレに黙って進退を決めようなどと、いい度胸だな貴様」
「何でいるのお前」
 廃墟の広間の中、結構高い位置にある割れた窓枠の上に悠然と立っている、すっかり見慣れた背の高い男を見つけ、ちょっと本気でげんなりした。
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