過激派はだいたい話を聞かない 1
文字数 1,648文字
セトの話からすると、こうだ。
学校帰りに声をかけてきた男がいた。
本殿の職員だというその男は、カインが仕事中に怪我をしたので、その病院に連れて行ってくれるといった。二人揃って驚いたものの、すぐにそれはないと思い直して、アベルが男をやんわり否定しその場を逃げようとした。
だが男は二人の態度に腹を立て暴れだし、その無茶苦茶な動きから目の見えないアベルをセトが庇った時、背後のアベルを他の男が抱えて逃げ去った。
暴れていた男も一緒に逃げた。
セトは追おうとしたけれど、体格差もあってすぐ見失った。
逃げた男たちは「無事に返して欲しけりゃ兄貴一人で街外れの"壊れた時計台"にこい!」「他の誰かに言ったら弟の命はないぜ」と叫んでいた。
という。まぁ見事に疑いようの無い誘拐である。
それも本命はカイン自身の方の。
今はセフィラの補佐という相応の収入をもらえる立場とはいえ、それまでは貧乏暮らしをしていたカインには、営利誘拐で要求されるような経済力など持ち合わせてない。そんなこと周囲の誰もが知っているから、金銭目的の可能性は低い。そもそも相手はカインを指定しているので、単に「本殿の学校に入れるような金のある子息を狙った誘拐」ではないだろう。
そうなると考えられるのは私怨だが、これに関しては心当たる候補が多すぎる。
不良時代の相手にはこんな回りくどいことをする奴は案外少ないが、今現在のカインを憎む本殿絡みの誰かなら。
「ぼ、く、ど、う、す、れ、ばっ」
切羽詰まったセトの声で我に返った。
ごちゃごちゃ考えている場合じゃない。
元々責任感が強く、アベルに対しては特に守ろうという気持ちが強いセトの心が折れかけている。
アベルの方は意思疎通が下手なセトを助けようという気持ちが強いが、セトは目の不自由なアベルを守ろうという気持ちが強い。お互いに常人よりも欠けてる部分があると理解してる彼らが、互いの出来ることで相手を守ろうとする……基本的にそれは微笑ましい関係だが、今この時に限ってはセト自身を追い詰める重石になっている。
どうしようもないと兄に丸投げするには、セトは責任感が強すぎるのだろう。
「大丈夫だ」
敢えて強く金の頭をグリグリと撫でる。
自分がいない間にずっとアベルの側にいてくれたこの少年を、今ではもう他人と思っていない。だからこそ、敢えてカインは持っていた自分の荷物が入った鞄をセトに押し付ける。
「わりぃが、今日の夕飯はお前が作っといてくれ。好きなもんでも楽なもんでも買って来たもんでも何でもいい。金はこの中に入ってるの自由に使っていいから。あ、買い物は本殿内でな。その間に、俺はアベル迎えに行ってくるぜ」
「で、も」
不安げに見上げてくるセトが言いたいことはわかる。
一人で大丈夫なのか、と。
その心配は尤もなのだが、今この時に弱さを見せるほどカインも「お兄ちゃん慣れ」してない訳じゃない。記憶をなくしていた間以外は、目の見えない分変化に過敏な弟を、常に暴力親父から守ってた程度には、どうしようもなくお兄ちゃんなのだ。
だからそんな心配を全部吹っ飛ばすくらいの笑顔を向ける程度、簡単だ。
見えないからこそ気配に聡く、作り笑いでは絶対にごまかされない弟が、ずっとそばにいたのだから。困ったときに本気で笑う方法くらい、自然に身につく。
「任せろ。兄ちゃんこれでも不良の中じゃちょっとばかし名が知れてるんだぜ。この程度、どうにでもしてやんよ」
「で、も」
「ただよ、疲れて腹減って帰った時に飯ないのは困るから、な?」
兄ちゃん今日は飯が準備出来そうにないし、と訴えつつセトの頭を撫で続けた。
賢いセトは、これが単なる子供騙しだと気づいているだろう。
けれど賢いから、そんな言葉でもセトは騙されてくれるのだ。
「わ、かっ、た。まっ、て、る」
渡した荷物をぎゅっと抱えて、3人が住んでいる区画の方へと駆け出すセト。その背中が見えなくなるまで見送って、カインは近くの壁を思いっきり殴りつけた。
学校帰りに声をかけてきた男がいた。
本殿の職員だというその男は、カインが仕事中に怪我をしたので、その病院に連れて行ってくれるといった。二人揃って驚いたものの、すぐにそれはないと思い直して、アベルが男をやんわり否定しその場を逃げようとした。
だが男は二人の態度に腹を立て暴れだし、その無茶苦茶な動きから目の見えないアベルをセトが庇った時、背後のアベルを他の男が抱えて逃げ去った。
暴れていた男も一緒に逃げた。
セトは追おうとしたけれど、体格差もあってすぐ見失った。
逃げた男たちは「無事に返して欲しけりゃ兄貴一人で街外れの"壊れた時計台"にこい!」「他の誰かに言ったら弟の命はないぜ」と叫んでいた。
という。まぁ見事に疑いようの無い誘拐である。
それも本命はカイン自身の方の。
今はセフィラの補佐という相応の収入をもらえる立場とはいえ、それまでは貧乏暮らしをしていたカインには、営利誘拐で要求されるような経済力など持ち合わせてない。そんなこと周囲の誰もが知っているから、金銭目的の可能性は低い。そもそも相手はカインを指定しているので、単に「本殿の学校に入れるような金のある子息を狙った誘拐」ではないだろう。
そうなると考えられるのは私怨だが、これに関しては心当たる候補が多すぎる。
不良時代の相手にはこんな回りくどいことをする奴は案外少ないが、今現在のカインを憎む本殿絡みの誰かなら。
「ぼ、く、ど、う、す、れ、ばっ」
切羽詰まったセトの声で我に返った。
ごちゃごちゃ考えている場合じゃない。
元々責任感が強く、アベルに対しては特に守ろうという気持ちが強いセトの心が折れかけている。
アベルの方は意思疎通が下手なセトを助けようという気持ちが強いが、セトは目の不自由なアベルを守ろうという気持ちが強い。お互いに常人よりも欠けてる部分があると理解してる彼らが、互いの出来ることで相手を守ろうとする……基本的にそれは微笑ましい関係だが、今この時に限ってはセト自身を追い詰める重石になっている。
どうしようもないと兄に丸投げするには、セトは責任感が強すぎるのだろう。
「大丈夫だ」
敢えて強く金の頭をグリグリと撫でる。
自分がいない間にずっとアベルの側にいてくれたこの少年を、今ではもう他人と思っていない。だからこそ、敢えてカインは持っていた自分の荷物が入った鞄をセトに押し付ける。
「わりぃが、今日の夕飯はお前が作っといてくれ。好きなもんでも楽なもんでも買って来たもんでも何でもいい。金はこの中に入ってるの自由に使っていいから。あ、買い物は本殿内でな。その間に、俺はアベル迎えに行ってくるぜ」
「で、も」
不安げに見上げてくるセトが言いたいことはわかる。
一人で大丈夫なのか、と。
その心配は尤もなのだが、今この時に弱さを見せるほどカインも「お兄ちゃん慣れ」してない訳じゃない。記憶をなくしていた間以外は、目の見えない分変化に過敏な弟を、常に暴力親父から守ってた程度には、どうしようもなくお兄ちゃんなのだ。
だからそんな心配を全部吹っ飛ばすくらいの笑顔を向ける程度、簡単だ。
見えないからこそ気配に聡く、作り笑いでは絶対にごまかされない弟が、ずっとそばにいたのだから。困ったときに本気で笑う方法くらい、自然に身につく。
「任せろ。兄ちゃんこれでも不良の中じゃちょっとばかし名が知れてるんだぜ。この程度、どうにでもしてやんよ」
「で、も」
「ただよ、疲れて腹減って帰った時に飯ないのは困るから、な?」
兄ちゃん今日は飯が準備出来そうにないし、と訴えつつセトの頭を撫で続けた。
賢いセトは、これが単なる子供騙しだと気づいているだろう。
けれど賢いから、そんな言葉でもセトは騙されてくれるのだ。
「わ、かっ、た。まっ、て、る」
渡した荷物をぎゅっと抱えて、3人が住んでいる区画の方へと駆け出すセト。その背中が見えなくなるまで見送って、カインは近くの壁を思いっきり殴りつけた。