失くしていた記憶と大事な家族 2

文字数 1,409文字

 素直になりたい、というのは気持ち悪いが、こんな態度を取り続けたい訳じゃないんだ、というのが本音である。
 解析本殿の他の解析士達のようにケテルを盲信するような気は流石に起きなくても、普通に上司として尊敬しつつ、その役に立てるように働いて恩を返していければというのが希望だ。なのに実際やってるのは毎日喧嘩のようなものとなれば、一人冷静に振り返る時間ができたらため息の一つも溢れてしまう。
 自分の頭の悪さはともかく、ケテルは自他共に認める賢さの筈。
 それなのに毎日飽きもせず自分を煽ったり罵ったりサボって迷惑かけては言い争いをするという流れを続けるのは、何か意味があるのか。
 カインがこんなことを考えるのには相応な理由がある。

「失礼いたします」
 コンコン、と部屋の扉が叩かれてぎくっとカインは身を震わせその場に立つ。
 返事をしなかったのは彼自身は部屋の主ではなかったからで、この時間は部屋の中に主がいないことを訪問者も理解しているためだろう、そのままガチャリと扉が開かれる。
 そこから見えた顔に内心辟易した。
 向こうだって似たような気分なのだろう、ゴミでも見るかのような視線を向けてくる。
「…………っち」
 相手の小さい舌打ちだってしっかり聞き取れていたけれど、今更この程度でカインは表情も変えない。
 というか、ケテル以外にであればどんな態度を取られても流せる程度の余裕がある。ケテルが例外だ。

 名前も出て来ない相手の些細な態度で煽られてたら、不良の巣窟で暮らしてはいけない。

 だが相手からすれば表情一つ変えないのが気にくわないのだろう、持ってきた書類をセフィラ専用の机の上に置いた後、再度こっちを睨んで去っていった。
 部屋の扉が閉められて、はぁ〜とカインは深く息を吐き出す。
 ケテルの、カインに対しての特別扱いは周囲から見ても明らかだし、カイン自身全く否定できない。それをもって自分が特別だと思ったり主張したりはしないが。

 そんな状況に、解析本殿に集うケテルを心底敬う解析士たちの一部が気にくわない気持ちになるのもやむなしというのも理解はする。
 この世で一番尊敬する相手が、解析士にすらなれない出来損ないの不良上がりをちやほやするようになれば、そりゃ何も思わない訳にいかないのだろう。
 これがまだ解析士の才能がある相手ならまだしも、たとえ特異な部分があっても、逆に言えばそれしかないような奴に、だ。

 だがそれを当のケテル自身に言える程、度胸がある崇拝者は少ない。
 とはいえ少数はいるのだけれど、そんな希少な者たちはケテルの唯我独尊俺様主張を返されては追い払われている。

 で、彼らのその鬱屈は全部カインに向かってくるのだ。
 ケテルには絶対悪く思われたく無いけれどカインにならどうだっていいような者たちばかりなのだから、当たり前といえばそうなのだが。ああやって、目の前でわかりやすく態度に出してくれる奴はまだマシな方。どこの子どものイジメだと言いたい感じの行動を起こしてくださる大人の方々も少なからず本殿の中にはいる。
 現状では仕方ない、と理解はするが。
「はぁ……」
 思わずこぼれたため息も、今は聞く相手が誰もいないから吐き出せる。
 ケテルの前でも、そして家族である弟たちの前でも、カインは弱音を吐かないから。

 不特定多数からのつまらない敵視まで相手にする気はないものの、やはり視線一つすら面倒臭いと思ってしまうのは仕方ない。
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