一番偉い奴は大体ヤバい法則 1

文字数 1,830文字

 話を少し過去に戻す。

 カインが本殿に来たのは少し前、来たというよりほぼ拉致の形でケテルご本人に連行されてやって来たというのが正しい。少なくともその時点でカインが来る気もなければ居座る気もなかったのは間違いないし、今だって理由がなければいつでもこんな場所飛び出している。

 本殿に来る前、そしてケテルに見つかる前。
 カインはロヒムの下街……というより無法地帯と化した治安のよろしくない地域で一人暮らしていた。

 なおこの時点でカインは自分に弟がいるという事すら「覚えていなかった」。
 詳細は覚えていないが、過去にあった事故的な出来事の際にカインはいくつかの記憶を欠落させてしまっていて、その一つが弟、正しく表現するなら家族に関するもの全てだった。
 記憶が戻り何があったかまで思い出した現在であれば、何故家族の記憶が欠落したのかはなんとなくわかる。が、とりあえずその頃のカインは記憶の欠落すら忘れてその日暮らしをしていた。

 まぁ一応年相応の法律が適応されて学校なるものには行けているし勉強もそれなりしているが、生活自体もそれなりに荒れている。
 みもふたもない事実を言うなら、不良少年である。
 身寄りもない学のない子どもが一人放り出されれば、いかに大国ヤーフェだろうが、いや大国だからこそ、あっさりと街の闇に飲み込まれるのだ。そのまま何者になることもなく弱者として社会の隅で生き延び死んでいく、カインもそんな雑草の一つである自分をどうとも思っていなかった。
 あの場所では誰もがそういうものだったから。

 ただカインには人と大きく異なることが一つだけなくもなかったが、それですら「だからどうした」という話だったのだ。
 多少普通の子どもよりも生きる手段が多くて助かるだけ。より大きい組織にしっぽを振ることなく、独りで粋がる程度の余裕が与えられただけ。

 そしてその日、その通りを歩いていたのは偶然だが、もしも過去に戻れたならカインは全力で回り道なりなんなり、とにかくその通りに近づかないようにしただろう。年明け早々、懐かしい夢らしきもの(内容は起きてすぐ忘れたが懐かしい感覚だけが残っていた)を見たくらいしか変化のないその日だったが、むしろそれは虫の知らせだったと思われる。
 普段見ない夢を見た時点で、ちょっとは警戒するべきだった。

 そんなの己の思慮の浅さと言えばそこまでかもだが……まさか普段から、普通に使う通りに化け物が出現するとか、そんな空想する程カインも暇ではなかったのだ。
 しかもまさかそれが若い、見栄えだけなら抜群に良い優男の見た目してるとか、思うわけがない。

 だからあっさり遭遇してしまった。
「貴様ら、このオレ様に慈悲をたかるなど、その恐れを知らぬ発想は褒めてやろう」
 聞こえてきたのは揉める声。
 その辺では珍しくない小競り合いの喧嘩といった風であるが、この辺りに来るような奴だったらだいたい知った顔と声しかいないカインをして初耳な声に、興味本位で立ち止まってしまった。
 声があまりに綺麗で澄んでいたから妙に気が引かれたというのもあるし、内容からしてカツアゲか何かなのに全く恐れのない響きだったので興味を持ってしまったというのもある。それに多勢に無勢はカインが好むものじゃない……なので、ちょっと気が向いたら手助けする程度の心の余裕もあった。

 それが全部間違いだったと、後で悔やむなんて思いもせず。

 声のする方を覗き込んだ。
「うるせぇっ! おい、やっちまえ!!」
 見覚えのある不良の集団に囲まれている、黒い髪の男。
 身なりからして明らかにこの辺の人間じゃない。
 もっとお上品などっかに住んでいる誰かだろうというのが推測される。

 だからこそこうやって絡まれているのだろう。予想通り、よくあるカツアゲ風景らしい。

 一つだけ普段と違っていたのは、既に相手の黒髪が不良たちを相当怒らせているらしく、制止などしようがないくらいに場が盛り上がってしまってる所だった。
 こんな治安の悪い場所で、普通外部から来た誰かが絡まれて、ここまで不良を怒らせることの方が少ない。

 余程の世間知らずのバカか、己の喧嘩の腕を疑わぬ自信家か。
 ……………………この時点でその両方だなどと、想像しろって方が無理である。

 感情的になった不良たちが、刃物より便利な解析を一般人様(だとこの時点では思っていた)にぶん回そうとしてるのを経験だけで感じ取ったカインは、とりあえず止めるために一歩前に進んだ。
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