我儘な奴は妥協を知らない 3

文字数 1,984文字

 こいつに真面目に聞いた自分が馬鹿だった。
 仮に、他に何か理由があったとして、別にそれを正直に言わないといけない理由なんてどこにもないし、こっちを慮って素直に教えてくれるような優しい存在な訳がない。
 いや今の答えが真実だとしても、それはそれで性格の悪さが滲み出てる訳で、いちいちムキになってたらキリがない。

 はっきりしたのは、まだまだいとまが出される可能性が無いらしいということだけだ。

 それならそれでカインには最低限、出しておかないといけない条件がある。
 はぁ、と重い息を吐いてカインは平静さを取り戻すとケテルを見上げた。
「お前がどういう理由で俺を置こうが、どうでもいい。俺がそれで周りにどう思われようがなにされようが、それもどうでもいい。ただ……今日みたいなことがこの先も起こるようなら、例えお前の命令でも、俺は従わねぇ。この国を出ていってでも、俺はアベルとセトを守る義務があるからな」
 もしこの先。
 悪意のある誰かに弟たちを人質にされれば、カインは殆どの要求を飲まざるを得ない。
 それは絶対だ。弟たち自身が「気にしないで」「見捨てていい」と言おうが、カインは彼らを諦める気は全くない。自分とケテルと弟たち、どれが一番大事かと問われれば間をおかず弟たちだと断言できる。それ位、譲れない存在だ。
 ケテルに従ってるのだって半ば弟たちを質に取られているようなものだが、こっちはまだあの2人に実害が無いから従っていられるのだ。けれど今日みたいなことが続くなら話は違ってくる。自分達に対して平気そうな顔をしてても、アベルだって今日の出来事には少なからずショックがあった筈だ。いかに環境が恵まれていようが、そういう場所で今後弟たちを育てていくつもりはない。

 そしてそんな自分を側に置く「リスク」を、カインはここでは敢えて言及しなかった。
 ここまで言って気づかないほど愚鈍だと思っていないし、それは口に出すのも厭われる可能性だった。
 仮に弟たちに何かあれば、ケテルに牙を剥く誰かの要求ですら飲まざるをえない、などと。
 セフィラの補佐役としてあってはならない優先順位だから。

 意志を伝えてからじっと、まだ立ったままのケテルの顔を睨めば、相手はいつもの偉そうな顔でふんぞり返ったまま答える。
「問題ない。オレを誰だと思っている」
「お前が誰かわかってるから心配してるっつーの」
 言えない方の可能性はまだしも。
 どうやったって、解析士にはなれないカインがセフィラであるケテルの側で働く以上、誰かから反感を買うことは避けられない。
 今日問題を起こした奴らを特別憎んでいる訳ではないし、事情に対し同情すら感じる程度の気持ちはあるが、それでも弟たちに手を出された件を見過ごすのは無理だ。
 かといってカインが解決できることではなく、他力本願になるがケテル以外にどうにかできる話ではない……が、どうにもその辺の繊細な事情の調整を、この存在がこなせるように思えない。
 胡乱な目で言い返したカインに、ケテルは文句ありげな顔をしながら椅子へと戻りつつ言う。
「2度と貴様の弟たちに危害が及ばなければ良いのだろう? 明日にでも、そうしてやる」
「だからってあの人たちに異常な厳罰とかやめろよ? そもそもお前の我儘であの人らだって色々鬱憤溜まってああなっちゃったんだし。さらに恨み買っても、あいつらへの危害の可能性は減らねーんだぞ? この先あいつらが、俺が理由で学校でイジメられるとか、本気で泣くぞ……俺が」
「馬鹿め。貴様の思いつく程度、このオレにわからんと思うな」
 心配になって言い募れば、不機嫌な表情になってケテルが腹立たしそうに返事をする。カインからすれば、わからなそうだから細かく追求してしまう訳だが、それを全部止めるかのような強い口調で、次にケテルは断言した。
「この名に誓って、貴様の弟たちに、2度と危害は及ばせん」
 その答えに、カインはひゅっと一瞬息を飲み、即座に返事が出来なかった。

 セフィラにとって名は存在そのものだという。
 生まれながらにその名を持ち、他の名を得ることが許されない特別な存在。

 それに誓うというのは、普通の人間にとって命をかけるのとほぼ同価値だし、破れば存在がぐらつくという点では単なる口約束で使うには重すぎる条件だ。つまり、ケテルは本気だ。これ以上なく本気で、約束をしている。
「だから貴様はこれからもいればいい。後……どうせ足りぬ頭なのだ。くだらん可能性まで悩むな。このオレにどうにかできぬことの方が少ないのだからな」
 まっすぐにこちらを射抜く青い目はこの上なく本気だった。真摯さすら滲ませて、ケテルはここにいろと言う。

 そこまでする程の何が自分にあるのか。
 きっと教えてはもらえないその謎に内心動揺しつつも……これ以上抵抗するような理由も見当たらず、カインはゆっくり頷いた。
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