我儘な奴は妥協を知らない 2

文字数 1,561文字

 黙ってケテルが椅子から体を起こし立ち上がる。
 そのまま自分の前まで来た長身の美青年をその場でじっと見上げて、カインはただ言葉を待っていた……が。

 最初に降って来たのは言葉でなく拳一つ。

「っ……いってーっ!」
 視界に火花が散る、みたいなのを初めて経験した。
 かなり容赦ない(普段からないけど)拳が脳天ど真ん中に直撃し悲鳴をあげる。かろうじて座ってる椅子から落ちたりはしなかったが、あまりの痛みに涙目になりながらカインは突然の暴行に抗議した。
「何すんだオイ!」
「貴様があまりに馬鹿だからだ。もう二、三発いっとくか? 少しは馬鹿が直るかもしれん」
 このセフィラの辞書に罪悪感という文字は無いらしい。
 極めて普段通りに偉そうな相手は、さっきカインの頭に入れた形を維持したままの拳を持ち上げ、しれっと追加の提案までしてくる。
「使い古した道具じゃねーんだから! そんなんで直るかっ!」
 これ以上殴られては堪らないと椅子ごとずりずりと距離を取りつつ怒鳴れば、いかにも煩いと言いたげな顔でケテルがふんっと鼻息をこぼし、その場で腕組みをした。地位から何から紛うことなきお偉いさんな相手ではあるが、それを加味したってどうしてこう全身のあらゆる部分で偉そうな態度を出来るのだろう。
 たった今した暴行ですら、まるでそれが正解かのような堂々たる憎らしいまでの偉そうさである。

 生まれつきだろうか? セフィラは生まれながらにセフィラらしいし。

 確かにこの男が普通の赤子のごとく泣きながら生まれる様は想像できない。
 どうにか想像するとして……生まれながらに腕組みし、偉そうな高笑いしてたと言わた方が納得しそうである。産んだ瞬間ソレだと周囲は気絶しそうだけど。
「…………またおかしなことを考えてるだろう」
「いやいやまさかそんなはっはっは」
 剣呑な輝きを持ってじとっと青い目を向けられて、カインは空笑いで受け流した。
 脳内の「生まれたてケテル君(仮)」は慌てて削除する。
 性格悪い奴の常なのか、こういう時ばっかり鋭いのだ。とはいえ一々認めていたらキリがない。何を想像するかくらいは自由にさせろって話である。
 そう思いつつも念のため、もう一発位の拳を覚悟して内心身構えたカインに対し寄越されたのは。
「下手の考え休むに似たり、という言葉があるらしいぞ」
「どういう意味だ」
「馬鹿がどれだけ時間をかけてあれこれ考えても、それは寝てるのと変わらん。何の生産性もない行為だという意味だ」
 隅々までがそりゃもう立派な嫌味である。
 わざわざ律儀に返事した自分はそれこそ馬鹿ではないかと不機嫌になったカインに、ケテルは続けて呟くような声で付け加えた。その視線は珍しくカインの方を向いておらず、どこか遠くを見ているようだった。
「そのまま居ればいい。もとより貴様が思うような理由で側に置いたわけではない」
「じゃあ何なんだよ?」
 この特異な面以外では、自分が殆どの部分で普通以下の人間だとカインは理解している。
 ケテルだって普段から馬鹿だの阿呆だのと散々カインをこき下ろしてくれているが、実際解析本殿に勤められるような解析士に比べれば家柄も頭脳も性格もあらゆる面が足りてないことくらい、わかってるのだ。
 まぁ体力だの喧嘩だのなら人並み以上かもしれないが、それだって訓練された精鋭とまではいかない。
 だから、望めばどんな精鋭も側におけるケテルに重用されるような面は持ち合わせてないと自認していた。あらゆる面で足りない自分の唯一の特異が関係ないと言うのなら、そんな自分にこの男は何を見出してるのかと、興味が湧いて尋ねたカインを相手は鼻で笑いつつ教えてくれる。
「暇つぶしだ」
「なるほど暇つぶ……ってオイ!」
 迷いのない回答を前に素で納得しかけ、だがやっぱりツッコミは回避不可能だった。
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