夢のような過去と非現実のような今と 1

文字数 1,295文字

 椅子一個で怪我をする可愛げなどない、大国ヤーフェの抱えるセフィラ様は優雅に椅子を片手で受け止め投げ返し、自分は悠々座椅子へと座ってしまう。
 話をまだ続けるつもりらしいその様子にイラッとしつつも、倍の勢いで戻ってきた椅子を軽々避けてから別の椅子へとカインは座り直した。部屋の隅に転がって行った椅子は気にしない。
 互いにこの程度で怪我なんかありえないと分かってるからカインはつい衝動のままに投げたし、ケテルは容赦無く投げ返した。いつものことだ。
 そしてケテルは偉そうに命じてくる。
「貴様の思い出したことを話せ」
「思い出したっつーか、別に全部を忘れちゃいなかったけど現実的じゃなかったから印象が薄かったというか、夢みたいな感じだったんだよ。普通、夢の内容なんていちいち思い出しゃしないだろ?」
 隠していたつもりはないし、覚えていたというには妙に薄い記憶だ。
 本当に夢の中のような、現実味のないもの。だからこそ、忘れていたわけではないけれど、気に留めてもいなかった。
「俺が親父に殴られて記憶飛ばしたのは知ってんだろ。その殴られた時にさ、変な場所に行って、変な奴に会ったんだよ」




 珍しい服を着た、鮮やかな青い髪の男。
 何もかもがぼんやりとしか認識できない世界で、その男ばかりがはっきりと輪郭を持っていたように思う。
 目の前に立ってるそいつが声をかけてきて、やっと自分が「そこにいる」ことに気づいたくらいにぼんやりしていた。
「肉体的な生死で言うならまだ生きてるぞ。意識とか精神とかで言えば死ぬ寸前だけど」
 男はそう言っていたから、死にかけだったんだろう。
「肉体の方のお前は、病院に搬送されてるよ」
 男といるその場所は明らかに病院ではなかったから、そこにいた自分は肉体の外にいる精神だか意識だかだったんだろう。実際、そこにいた男も会話の中でカインを「意識」だと言っていたし、そこを「生身で来れる場所じゃない」とも言っていた。
 そう、男はそこを何と表現していただろうか。



——住む世界の1つ上。世界が完成した先に辿り着く先の筈だった場所——
——解析を極めた先に辿り着く楽園の中——




「待て貴様」
 そこまで黙って話を聞いていたケテルが、その青い目に剣呑な光を灯して口を挟んでくる。
「何で貴様如きが楽園に到達している」
「よくわかんねーけどそいつ曰く、普通なら死んでるような事して来ちゃった感じだったらしいぜ。何だっけか……そう、殴られた時に0除算? をして、脳がそれに耐えちゃって死ぬ前に楽園について、発見したそいつが0除算を強制終了した、とか言ってた」
 あの時に聞いた、未だ意味のわからない単語を出せば、ざっとケテルの表情が変わった。信じられないものを見るような目をしてカインをまじまじと見つめ、あっけにとられたという風な様子で呟く。
「馬鹿だとは思っていたが……貴様、そこまで馬鹿だったのか……」
「俺、結局0除算が何なのか知んねーんだけど」
「だろうな」
 教えろ、という要望を暗に含んで言いつつケテルを見れば、深々とため息をつきながら頷いた。
 ケテルにしては珍しい殊勝な反応で、カインはちょっと戸惑ってしまった。
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