絶対者の的確な問題発言 3

文字数 1,829文字

 言いたいことはほぼ言ったのだろう。
 カインの弟二人を守る前提において、敢えて特定の名前を指定もせず、とにかく弱い者いじめをするなというだけの第三者でも容易に納得可能な大義名分を掲げ、それでも何かをするなら確実に弱くない相手にしろ、という。
 有効な手段として間違ってないのはわかる。
 だがせめて一言前もって相談の上でそういうのは宣言しろよとカインからすれば思うようなことを言ってのけたケテルは、息を吐いた後に性格悪そうな笑顔を引っ込めた。
「だが、補佐の家族は、貴様らも知るようにまだ学業に励む子どもだ。少なくとも、貴様らの誰であってもそんな子どもより弱い者などおるまい」
 強い弱いの基準をどこに置くかはともかくとして、ここに集うのはほぼ全員が真っ当に、本殿勤めの解析士にまでなった健康な大人である。それをケテルも指しているのだろう。
 ここで敢えて弟たちの生まれもっての不利な部分を挙げない理由はわからない。
 だが、不利を除いてもなお、ただの子どもであることを思えば、この場にいる大人より弱いのは確かだろう。
「まさかよもや、これだけ言ってもなお、人間としても解析士としても未熟な相手に手を出すような愚か者がいるなら……わかっているな?」
 ここにきて、突然いつもより低い声音でゆっくりと釘を刺してきたケテルに、異論を唱える声など起こるわけもない。
 正面から見てないカインですら声を聞くだけでちょっと怖いのに、壇上から睨みつけられている形の解析士たちほぼ全員が真っ青な顔になったのを見て、同情こそあれ情けないとは思わなかった。
 こんなもの、普通の人間に耐えられる迫力じゃない。百戦錬磨のヤクザだって裸足で逃げ出すに決まってる。
「アレの家族に限らぬ。上司と部下。先輩と後輩。性別という差も含め。強い立場から相手を虐げる行為全部、オレは許さぬと覚えておけ。不幸にも今日休んでいる者には、貴様らから伝えておけ。オレは、二度と同じことは言わぬ。わかったな?」
 そこで一呼吸置いて、ちらっとケテルが広間の一部に視線を向けた。
「次はない」
 ひぃっという複数の悲鳴。
 視線が向いた辺りで崩れ落ちるように座り込んだ者たちがいるのが見える。

 位置からして、昨日アベルを連れ去った事務課の面々がいる辺り……昨日の今日でここまで言われれば、もう二度と彼らもアベルたちに手を出すような愚策は犯すまい。その代わりカイン自身には遠慮なくあれこれする口実が出来たような気がしないでもないが、弟たちの身の安全と引き換えならば、まぁ仕方ないだろう。
 解析ならばどうやってもカインに届かないのは確かである。

 万が一、昨日の誰かさんが使った殺傷兵器が出てきたら話は違ってくるが。
(それはないな)
 あの威力からして、ケテルだって嫌がらせのためだけに一般流通させるような気は無いに違いない。
 あんなものが軽々易々と世に出回ればこの国の治安は悪化一直線だし、そうなって面倒臭いのは回り回って治安維持の頂点にいるケテル本人なのだから。
 自称他称・超賢いセフィラ様がそんなことわからない筈もない。

 とりあえずこれで、アベルたちへの危害の可能性はほぼ消えた。
 もしカインが知らないだけで、学校で弱い者いじめのようなものにあっているのだとしても……解析本殿に通う子どもらの親の多くは、本殿勤めの解析士だ。今日の話が学校の中に広まるのはあっという間だろうし、本殿に通う子たちの多くは未来で本殿勤めの解析士になるのが夢だ。幼いうちからセフィラ信奉者である子も少なくない。
 そんな場所で、セフィラの意志を超えて弱いものいじめを続けようなんて子どももあまりいないだろう。
 少なくとも、子ども同士という一見対等な立場であるが、目が見えないとか言葉が不自由とか、そういう分かりやすい問題を抱えるあの弟たちが本殿の学校でいじめられる可能性はほぼ無さそうである。そんなものに潰されるほどやわな弟たちじゃ無いと知っているが、どうしようもない事のせいで無駄な辛さを感じる機会は少なくて構わないとカインも思う。

 名に誓った通り、ケテルは二度と危害が及ばないための布石を敷いてみせた。

 カインの安全は全く保証外だが……約束は違えてない。
「まったく、これだから」
 アイツは面倒臭いし性格も悪いのに、嫌いにもなりきれない。
 話は終わったとばかり、壇上で踵を返しこっちに戻ってくる人知を超えた立場にある青年を、カインはとりあえず苦笑いで出迎えた。
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