《除外記録.楽園内》;状況報告における雑談

文字数 1,879文字

 楽園に迷い込んだ壊れかけの少年の中にアインのパスを突っ込んだ。

 文章にすれば一文だけど、実際には暴挙と言うべき行為である。
 どれだけ暴挙かといえば、楽園の外にいるセフィラたちですら成しえないような事という程度だ。一応セフィラたちはアイン、そしてソフのパスまで扱う権限を持っている。が、持っているのと扱える事は別物で、まずアインですら繊細に使いこなせるセフィラはいない。
 三段階に分かれてはいるが、アイン・ソフ・オウルとは世界そのものだ。
 そのパスは世界の根幹の三段階。
 最初の方が簡単だとか、最後の方が難しいとか、そんなもんではない。全部、人間の脳程度の能力では制御困難な代物だ。セフィラがどうにか扱えるのはアイン・ソフ・オウルの端末として得ている処理能力の恩恵によるものが大きいし、それでも人の身であるセフィラに扱いきれないのは当然だ。
 それは全てアイン・ソフ・オウルのもの。
 人の手に負えるなら、神の所業とは呼ばない。
 つまり、この世界でそれを扱いきれるのは神の端末自身のみである。
「手を伸ばしたからには最後まで、よ?」
「わーかってるって。死ぬまで程度、どーにでもしてやるよ」
 一応、異常な事態に対処をしたという説明をしにきた(とはいえ伝えたのは最初の一文のみだが)彼に、相手が言ったのはまるで捨て犬でも拾ったかの如き忠告で。
 じぃっとこちらを見てくるアイン・ソフ・オウルに彼は苦笑いしつつ答えた。

 彼の気持ちなど説明されずとも分かっているのだろう、アイン・ソフ・オウルはそれ以上何も言わない。これが人だったなら微笑み返す程度の反応もあったのだろうが、神の端末となった果て、少女の姿を変わらず保っていても人としての機能をいくつも失っている彼女は、余程のことがなければ表情を動かさない。

 楽園の中央であり最奥に座する神の端末。
 あの少年をどうにかしたのは、この存在を守るためでもある。

 明らかにただの子どもだったあれがセキュリティを掻い潜ってこの場所にまで来るとは思わないが、楽園は彼女の領域。
 敢えて干渉を避けている楽園の外ならいざ知らず、内部で死人が出れば、きっと悲しむ。表情に出るかは別として、何も感じない事もあるまい。
 そうなった時。
 絶対に触れられない今では、抱きしめて慰める事もできやしない。
 ならば、そんな事が起きないようにするのは当然の摂理で。結果、己の手間が多少増える位は必要経費と割り切れる。
「……大丈夫?」
 ふっとかけられた問いかけに、彼は無意味に胸を張って見せた。
「俺だぞ?」
「そうね。だから心配したのだけど」
 しれっと言われれば彼も閉口するしかない。
 彼が多少(相手によっては大いに)情に流されやすい事を、最もよく知るのは目の前のアイン・ソフ・オウルである。

 最大に流されたその果て、人の生も失い、己の実在すら奪われていることを思えば、その原因という自覚のあるだろう彼女がそう続けても仕方ない。が、それがいかに余計な心配であるかを一番理解してるのは彼自身である。
 誰に対してもずるっと流されるほど阿呆ではないのだ。

 だからここで閉口したのは、今なおそんな心配をされる事そのものの方だったりする。
「お前以外に全部奪われるほど浮気性だったことはねーと思うんですけどね」
 むしろ、世界と天秤にかければ迷わず彼女をとる程度には一途な自覚があるのだが。
 そう言うと、アイン・ソフ・オウルはかすかに微笑んで目を閉じた。
「そうね。むしろ、そうだったらよかったのにって思うことすらある位」
「おい」
「でもダメ。だってもう選んだんだから。あの時、手を伸ばしたんだから」
 アイン・ソフ・オウルのその言葉に、思わず、あぁと言葉が漏れた。

 何時になく絡んだかと思えば、そういうことか、と。

 つまり彼女は、あの少年と自分を重ねていたのだ。流されやすいその事を、後悔しているのではないかなんて。本当は投げ出したくなったりしてるのではないかと。珍しくも、そんな人間味溢れる想像をしてしまったらしい。
 バカだなぁと思う。
 そして、そんな所も愛しいなぁとしか思えない。
「だから、俺は、レイなんだぞ? 」
 他の誰かならまだしも、自分相手にそれは杞憂というものだ。
 この世界の終わりまで付き合うと決めた。代償に失くしたものは数多いけれど、それと引き換えにしても、手を離さなかったからこうなっている。
「俺は、ワガママなんだよ。キツイからって手を離すくらいなら、一緒に落ちてやるくらいにはな」
 諦めろ、と笑いながら言うと、アイン・ソフ・オウルは目を閉じたまま小さく頷いた。
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