初仕事のその前に(2019 年始)

文字数 2,066文字

 年末年始には解析本殿も多くの仕事が休みになる。
 もちろん全てが休みになるわけではないので、職員は交代制で最低限の仕事を回す事になっているけれど、外部との関わりが最低限になるだけで仕事量は一気に減るものだ。年の変わる三日前には仕事納めの集会が開かれ、セフィラの労いの言葉で解析士たちの一年の仕事が終わる。
 さて。
 交代制、であるが。
 それはあくまで交代要員がいる職種に限られるわけで。
「何が悲しくて年始からお前の顔見なきゃいけねーんだか」
 現在1人しかいないセフィラの補佐には交代要員などいない。だから、呼び出されれば応じられるのはカインしかいない。
 仕事だから呼び出されることは百歩譲って諦めるとして、何の用かと思いつつ来てみれば指示内容がセフィラ宛に国中から送られてきた年始の挨拶状の仕分けとなると、それ仕事始めの日にすれば良くね? と一瞬思わなくもない。
「貴様がアレを仕事始めにしたいなら止めはせんが」
「手紙の整理程度、ちゃちゃっと出来んだろ」
「ならばやってみろ」
 執務室の前で出迎えてきたケテルがそう言いながら部屋の扉を開いてくれた。
 珍しいこともあるもんだ、と思いながらもされるがままに開けてもらって中を覗き込み……部屋を埋める勢いの物品の姿を見て思考が止まった。部屋の奥にあるはずの窓も見えないほどに物で埋めつけられた中の様子は、まるで倉庫。奥に進むのが難しそうなほど隅々まで、綺麗な包装紙に包まれた物や鉢植えの植物などが並んでいる。
 なんだこの部屋はいつの間に倉庫になった。
 そう思うと同時、一番近くにあった包みの表に、年始の祝いに使用される絵柄が描かれているのが見える。
「…………おいこれまさか」
「全部年始の挨拶状だ」
「いやいやいや一っつも手紙的なもんが見えねーんですけど!?」
「手紙の大きさの類は奥の机の上だ」
「それはそれであんの!?」
 いったい幾つの届け物がこの部屋の中にあるんだろう。ちょっと気が遠くなりかけるカインは、やっと呼ばれた理由を理解した。この状態で仕事始めをしようものなら、部屋の主のケテル自身はその日中に仕事が始まらないだろう。
「はー……さすがセフィラ様。とんでもねぇ人気者だな」
 救いは見た限り、足が早そうなナマモノは無さそうなところか。そもそもセフィラに食べ物を送りつけてくる人間は少なそうだが。
 相手が国で一番の有名人で人気者なセフィラであると思えば、この惨状も理解できる。
 毎年こうなんだろうかと思ってすぐ、カインはふと気になって隣に立っているケテルを見た。
「お前、これ、毎年どうしてたんだ?」
 カインが補佐になるまではまともに長く勤めさせてもらえた補佐はいなかった筈だ。不在の期間も長かったとは聞く。その間ケテルは一人で問題なくやっていたとも。
 毎年必ず年始に補佐がいたとは限らない。
 もしやこれをケテル一人でもうまくあしらう方法があったのだろうかと思っての問いかけだったが、ケテルは面白く無さそうに教えてくれた。
「廃棄だ」
「って、オイ!! もったいねーだろが! お化け出んぞ」
 部屋の中にあるのはセフィラへの贈り物だけあってどれも高そうな包装がされている。中身を確かめるまでもなく、高価そうだ。それを全部もれなく捨ててるとは。
 生まれつき貧乏なカインには信じられない回答に思わず庶民的反論をしたカインを、ケテルは呆れた顔で見た。
「欲しいと言った訳でもないものを寄越されても困るだけだろうが。かといって特定の何かを受け取れば差別だろう」
「そらそうかもだけどよぅ。捨てるのはさー」
「……貴様ならそう言うだろうと思って呼んだ」
 ケテルの言い分もわかる。でもこれ全部捨てたら悪い夢を見そうだ、と思いつつ嘆いたカインに、ケテルがため息混じりに言う。
「仕分けて、好きに持って帰れ。いちいち報告はいらん」
「いや、お前宛のものだろ。そういうわけには」
「オレ宛に来たものを、オレ自ら補佐へ下賜する行為に不満を述べる輩がいるなら、見てみたいもんだな」
 このオレの行動にケチをつけるなど何様だろうな?
 一転、普段よく見る偉そうな表情でそう仰ったセフィラを内心で呆れつつカインは見た。
 確かに、贈り物の末路がどういう内容だろうが(たとえ破棄だろうが)文句を言える者はいないだろう。いたところでこのセフィラ様は全力で論破しそうである。贈る側の者たちも、そういう可能性を考慮せず贈っているとは思い辛い。ケテルの性格はわりと広範囲に知られているのだから。
「勿体ないと思うならば貴様が有効活用しろ」
 そう言ったきり、興味はなくなったのか背中を向けて隣の部屋(普段使う機会は少ないけれど、そこは休憩室である)に入っていくケテルを見送って、カインはちょっと途方に暮れた。
 有効活用と言われても、頭の良くない自分にはこれといった方法は思いつかない。
 そもそも何があるのかもわかってないし。
「とりあえず、中身確認して、仕分けすっか……」
 物で埋まった部屋に再度視線を投げて、すぐには果ての見えない作業に、小さく溜息が漏れた。
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