夢のような過去と非現実のような今と 3

文字数 1,934文字

 そこまで黙って話を聞いていたケテルの目が一瞬物凄く鋭くなった。
 起こったことを話しているだけで内容はよくわかってないカインだが、ここで出てきた「アイン」が何度かケテルから聞いた単語だという事くらい今では理解している。なんかよくわからないが、ものすごい何かが使える絶対パスだとか何だとか言っていたか。
 当時の自分には何もわからなかったが、きっとこの先で起こった事は、とんでもないことなのだろう。
 一瞬言葉を止めてその様子を伺うと、すぐにケテルは普段通りの偉そうな顔に戻って顎の動きだけで話の続きを促して来る。
 全く些細な仕草すら偉そうな男だと思いながらカインは続きを思い出す。




「何? アイン? パス?」
「んー細かい説明すると長くなるっつーか面倒だから、未来で覚えてたら自分で調べてくれ。今はとりあえず、それを入れないとお前は助からないっつーことだけ理解しろ」
「おう? わかった。じゃあ入れてくれ」
 助けるために入れてくれるというのなら、断る理由はない。ろくに考えもせずに承諾したら、相手の男の黒い目がちょっとだけ戸惑ったように揺れて、すぐ脱力したように全身の力を抜いてその場に座り込んでしまう。
「いやもーちょっと悩め考えろ疑え、ってのは今のお前にゃ無理かぁ……とはいえなぁ」
 そして相手は、あえて教えないのは俺の好むとこだけど無知な子どもを騙すのは好みじゃねーんだよと呟いて、がしがしとその青い髪を何度も掻きむしった後に、はぁとため息をついた。
「あのな。例えばだけど、普通の人間を、瓶詰めの塩水とするとだな? 今のお前は水がだんだん干上がって塩だけになってる感じなの。塩水なら瓶の中で液体として塊で動き回れるけど、ただの塩が瓶の中でどうなるかわかるよな?」
「バラバラ?」
「そう。普通瓶の中は密封されてるから水は逃げずに保たれてるけど、お前の瓶は壊れて、水だけどんどん蒸発を続けてる。ただの塩だけじゃ、液体の機能は果たせない。水がなきゃ元に戻るのは難しい。かと言って、どんな水でもそこに入れられるかっつーと、そりゃ無理なんだよ。それぞれの瓶には独自の水があるし、お前のもそうだから」
 血だって、誰にでも入れられるわけじゃねーだろ? と言われて曖昧に頷く。
 実はあんまりわかってない。
「ただ、アインっつー水は、あらゆる水の上位的なもんで、例外的にどんな瓶にも入れられるものなんだ。ついでに瓶の壊れた部分もこの水を染み込ませる事で補強が出来る。但し、この水の量は多すぎる……この水だけで、お前の瓶はいっぱいになっちまう。動き回る事はもう出来ない」
「何か問題あるのか?」
「動き回る余地っつーのは、世界から干渉を受ける余地でありお前からも干渉する余地そのもの。それがなくなると、お前はもう解析を普通に見ることも使うことも適わない」
「解析不能になるのか?」
「それに近いけど、全然違うな。解析不能は自分から干渉する余地はないけど干渉を受ける余地はある。お前は、アイン以上のパス以外で干渉をされることが不可能になるし、アイン未満でお前に干渉しようとしたものは全部、アインに触れればほぼ壊れる」
「ん〜?」
 全然わかんねぇ、と素直に呟けば「そりゃそうだろな」と途方に暮れた顔で相手は頷いた。
「でも覚えとけ。お前にはわかんなくても、お前じゃねー誰かならわかる可能性があるからな」
「はぁ、うん。めっちゃ忘れそうだけど」
「忘れねーようにロックかけといてやるから心配すんな。思い出そうとすれば出てくるから」
「すげー、便利だな!?」
「まぁ、俺とアイン・ソフ・オウルくらいだけどな、そんなん出来んの」
 理由は分からないが、なんだか妙に投げやりな顔をして青い髪の青年はこっちの鼻の頭をつんっと袖に包まれたままの指先でつついた。




 はぁ、とケテルが大げさな仕草で溜息をつく。
「成る程な。それで理解した」
「なにを?」
「貴様のような愚者が、おぼろげな筈の過去を、そこまで詳細に完璧に記憶している理由だ」
「失礼だな!?」
「じゃあ貴様、先週のこの曜日の夕飯を言ってみろ」
 椅子の上で偉そうに踏ん反り返ってるセフィラ様に言われて記憶を辿り、それっぽいものが何も思い出せなくてカインは空中に視線を彷徨わせた。誤魔化す気は無いが、覚えてないと正直に言うのもちょっと悔しいので、最も確率が高いだろうものを挙げる。
「…………多分肉?」
「そういうことだ。普通の人間であっても1年以上前の夢のような過去を一言一句違えず覚えてるのは異常だろうが」
 ここにおいて別に揶揄る気もなかったのだろう、ケテルは青い目を呆れたように眇めて言った。
 そう言われれば確かにその通りである。
「ロック?」
「そうだな」
 疲れたような顔でケテルは頷いた。
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