過激派はだいたい話を聞かない 2

文字数 1,352文字

 自分を狙うならばいくらだって相手をしよう。
 舌打ちだろうが嫌味だろうが陰口だろうが悪口だろうが、どれだけ向けられても構わない。
 何なら直接殴ってくれてもいい。
 そりゃ殴り返すけど、少なくとも相手から向けられる分は体で受け止める。避けないでおいてやる。
「けど、よぉ」
 だがこの場合の話は別だ。
 弟たちに対しては、最初のケテルの牽制もあって直に害が向けられることはないだろうと、どこかで勝手に思い込んでいた。
「はっ……だからアイツに馬鹿だの無能だの言われんだろうな」
 思えば何の保証もない思い込みだったのだ。

 確かにカインを狙おうと思うなら、これほど都合の良い対象はいないだろう。
 普通に上手く喋れないだけのセトに、目の見えないアベル。
 どっちも大人が相手するには容易い子ども。しかも環境の整っていない本殿の外に連れ去ってしまえば、特に目の不自由なアベルが自力で抵抗し逃げ出すことは難しい。
 孤児院だってそのせいで出られなかったのだ。
 解析が使える、才能があるとはいえ、まだまだ生徒の身分でしかないから、できることは少ない。しかも自分のような馬鹿じゃないから、異常を察知した時点で無闇に暴れる選択肢も忘れるだろう。
 頭が良く、けどか弱い子どもなんて、人質としてあまりに都合が良すぎる。

 そんな「当たり前のこと」を見落としていた自分に吐き気がする。

 この手の人間の思考など、知っていたはずなのに。
 知っていることも思い出せないくらいのぬるま湯に浸かっていたのか。

 ——それで大事な弟を怖い目にあわせて、なにが兄ちゃんだ。

「くそっ」
 再度近くの壁を殴って、拳に感じる痛みで思考を落ち着かせようと試みて。
 加減あるいは拳の握り方を間違えたのだろう、手の上をぬるりと液体が滑る感覚がゆっくり辿ったのを感じて見れば、壁にも赤い汚れがついていた。これは後で掃除に来ないとな、と思ったけれど、今は目を背ける。
 どうだっていい。
「街外れの"壊れた時計台"、だったな」
 弟二人が学校から離れ家に帰る頃。カインが仕事を確実に終わりケテルから離れる頃。
 そんな時間帯を狙って起こされた誘拐で指定された場所に、罠がない訳がない。カインたちの生活時間なんて、本殿に関わる者ならほとんど全員知ってるようなものだから、この後カインがどう動くにしても相手側の計画はしっかり敷かれているんだろう。
 が、そんなこと知ったことか、だ。
 幸い性格の悪さと育ちの悪さと根っからの不良さは、こんなことを引き起こしそうな本殿勤めの誰かなんて相手にならない程勝っている自信がある。

 向こうは向こうで相当の理由があってこんなことをしたのだろうが。
 んな配慮だって、全部終わるまではお預けだ。

 無事にアベルがセトに再会できるまでは、セフィラ補佐だってクビ上等で動いてやる。後先なんてうだうだ考える神経があるような人間は、そもそも不良になりはしないものなのだ。このあと自分の何がどうなろうが、そんなもの弟の無事には変えられない。
 今更、弟以外で守るようなものなんて無いのだ。
「行ってやろうじゃねーか」
 本物の不良の馬鹿さ加減というものを、イイトコ育ちの奴らに知らしめるには良い機会になるだろう。
 無意識に口の端を上げつつカインは走り出した。
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