罠だと知っても避けて通れぬ道 2

文字数 1,435文字

 言い分としてはこうだ。
「よく知らん誰かに言われたんなら兎も角、お前に騙されるとか想定しねーわ! 幼児だってよく知ってる世話になってる園の先生の言葉ならふっつーに鵜呑みにするっつーの!! そこまで言われる程、間違ってねーぞ俺は」
 一応、雇い主でお偉いセフィラ様であるケテルの言葉である。
 疑ってかかれというのが無理な話ではないか。
 自分がケテルより賢くないことは否定する気がないけれど、今の流れを鵜呑みにするのに愚かさは問題ではない筈だ。むしろ互いの関係からすれば鵜呑みにせず疑ってかかる方がどうかと思う。
 こんな変人でも一応世話になっている雇い主、雇用されている側からすれば投げられた用件は普通に受け取って当然だ。
 だからカインは胸を張って言い訳と反論ができる。
「そりゃお前みたいに偏屈で性格悪けりゃ違うかもしれねーけども」
「…………いい度胸だ」
「睨むな今のはお前が悪いだろっつの。それ、俺以外の本殿の誰かにもやってみろ、全員そりゃもう俺と同じ反応するに決まってるからな!」
 悪口は絶対に聞き逃さない上司が仕事の手を止めてまで睨んでくるのを受け止めつつも、カインは反論を続ける。
 というか本殿の他の誰かならケテル相手には疑うという選択肢すらないに違いない。
 仮にケテルに後からあんな風に呆れ諭されたとしても、「貴方様に騙されるのであれば本望です」位を言ってのける者は多そうだ。故に、自分が騙されたのは別段おかしくない話である。他の誰だって同じように反応するような行為に、愚かさなんて関係ないはずだ。
 しかもケテル相手に、正体知った上で疑いを持つ度胸がある人間が、この国ヤーフェに存在するのかも怪しい。
 セフィラとはそういう存在なのだから。
 とはいえ、カインは感情の矛をあっさりと引っ込める。
「ただまぁ、ご忠告はありがたく受け取っとくぜ」
 日頃少なくない頻度でアホケテルと呼んでいようが、この相手の頭脳を甘く見たことはない。
 いかに謎な言動をしようと、おそらくこちらには分かり辛いだけでなんらかの意図が常にあるのだろう、位は理解している。だから今の話も多分、単にカインを引っ掛けただけではない何かの理由がある会話だった筈。それをするからにはケテルなりに何か気を配ってくれたのだろう。
 ただの嫌がらせの延長という可能性もちょっとだけ残るが、暇ならまだしも仕事の真っ最中に嫌がらせを思いつく性格でも無かったはず。
 故に今回のは嫌がらせというより、善意寄りの思いつき、なのだろう。何かカインに伝えるべきことを仕事中に思いついたか思い出した結果の言動だと思われる。
 だから訳がわからないままでも礼だけは先に伝えてみれば、一瞬きょとっとした様子のケテルが、すぐにものすごく不快そうな表情になって、今度は深々とした長いため息をついた。
「全く貴様はこれだから」
「俺がお前より頭悪いことなんて、もう知ってるだろが」
「そうではない。オレがあらゆる面で優れているのは確かだが、かといって貴様があらゆる面でオレより劣っている訳ではないという事だ。腹立たしい」
 己を誇りつつも人を褒めつつけれど文句も述べるとはさすがセフィラ、器用なことをする。
 結局何を言いたいのかよくわからないが、これ以上話しする気はないとでもいうように再度仕事をし始めた上司を尊重してカインは敢えて会話を続けずに終わらせた。
 このお偉い存在が何をどう思っているのか、毎日側で補佐をしていても全く理解できる日が来そうにない。
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