罠だと知っても避けて通れぬ道 1

文字数 1,259文字

 あまり学がないカインがしているセフィラ補佐の仕事といえば、殆どがケテルの見張りである。
 書類を手伝おうにも解析が出来ない上に専門用語が怪しいカインには難しい。

 補佐に無理やり据えられた後、それを早々に知った周囲は当然、ケテルに他の補佐を置くよう提案してきた。
 元々セフィラの補佐官に人数制限などないので、何人だって並べても構わない筈のものだ。だから、そんな通常仕事も怪しい雑魚を置くならばせめて他の(彼らが認められる)誰かも同時に置いてくれ、というその主張はカインだって当然だと思う。

 が、それを却下したのはやはり問題児本人で。
「まさかこのオレが、補佐に細かい仕事をさせねばならぬ程に能がないとお前らは言うのか?」
 提案してきた相手に、その提案こそが己の能力を疑う失敬な行為であるとでも言いたげに空恐ろしい微笑みを浮かべながら問いかけてくるセフィラ様に、まさか肯定をできる信者などいなかった訳で。
 滅相もない、とその場で全員が引き下がる以外、何もできなかったのだ。

 まぁ実際ケテルは補佐がいない間もずっと一人で全部こなしていたらしい。
 不在の間だって充分な結果は出しているから仕事の処理能力は疑いようがない。カインを置いてからも、どれだけサボる姿を見せていても、実際に仕事を遅延させたことはないのだ。
 有言実行、爪を隠さない能ある鷹程、手のつけられないものはないとケテルを見てカインは知った。

 今日も仕事をする手だけは早いケテルのそば、手伝うこともなくカインは座っている。
 朝こそ逃走しまくるものの、面会に放り込めばそれなりにこなしてくる。
 書類仕事だって、一度始めれば恐るべき集中力でもって最後まで一気に続けるので、この時間のカインは本当にケテルを眺める以外にやることがない。
 日中のほとんどがこういう状態なのも反感買ってるよなぁ、と思うけれど、高度すぎる解析の絡む仕事に参加しろと言われてもどうしようもない。
(壊すんなら一瞬なのになー)
 せめて普通に解析ができるような人間なら良かった。
 こんな壊すばかりの特殊さは、日常で役立つことなど殆どないのだから。
「そういえば貴様」
「んあ?」
 珍しく仕事中にケテルが声をかけてきた。どうしたんだと相手を凝視してみても、向けられているのは声だけで、視線も態度も仕事に没頭したままなのはすごい。
「アベルとセトの手続きのために夕方呼ばれてるぞ」
「マジ? 聞いてねーんだけど、行くから後で場所と時間教えて」
 学校なのか生活なのか、なんの手続きか不明だが、弟たちの名前を出されて行かない訳もなく。
 二つ返事で了承すれば仕事の手は休めないままにケテルが小さくため息を吐いた。
「これだから愚か者は手がかかるのだ」
「は?」
「これは嘘だ。弟の名前が出されても中身がわからん用件にホイホイ乗るな。今時幼児でもこんな手に引っかからんぞ」
 心底呆れた、といった風に諭されるような言葉を投げつけられる。
 カインはその言葉を脳内で咀嚼して……。

「って待てい! 今のは物申すぜ!?」
 思わず叫んでいた。
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