失くしていた記憶と大事な家族 3

文字数 1,360文字

 それでもこの状況は一部カインだって噛んでいる。
 正しくは一緒に世話になっているアベルとセトにはこんな思いをさせないよう、ケテルにも根回しさせて全部自分に向くように仕向けたと言うべきか。
 今の所、弟二人は学校でも本殿でも不快な状況になっていないらしいので、それだけでも上々なのだが。
「あいつがもーちょっとその、なぁ」
 腹の立たない手のかからない口が悪くない上司だったら、カインだって噛み付く機会など発生しないし、結果そんなカインを見て信奉者たちが不快感を募らす機会も減るだろうに、と。
 カイン自身も行き場のない鬱屈を、ちょっぴりケテルに投げる。
「あいつとは誰だ」
「そりゃお前の話……ってうお! お前、戻ってくるなら扉から入ってこいや!!」
「オレはオレの好きなように移動するだけだ」
「いきなり現れたら心臓に悪いだろが!」
 いつの間にやら、当のセフィラ様がご帰還されていた。
 解析でなのだろう、扉を開け閉めすることもなく唐突に部屋の中に現れていた相手に、なんでもありかテメェとばくばく波打つ心臓の上辺りを片手で無意識に押さえつつカインは怒る。
 解析士の頂点だけあって普通では想像もつかない現象を平然と成してくれるが、素直に尊敬する気が起きないのは、毎度それがまともな要素に使われたことがないからかもしれない。今のこれだっておそらく深い意味はなく、せいぜいカインを驚かせる程度の意味しかないのだろう。
 知れば腹が立つだけなので、今更確認すらしないが。
「貴様を驚かせる程度の余興なく仕事などやってられるか」
 残念ながらこのケテルという男、こっちが回避しようとした地雷も見事踏み抜く性格の悪さである。
「やっぱわざとじゃねーか! 何が楽しいんだ毎度毎度アホなことばっか思いつきやがって!」
「補佐の貴様に活躍の機会を与えてやっているだけだろう」
「いらねーよ全力でお断りだよ!」
 結局こんな感じの言い争いになってしまう訳だが、正直これは自分だけじゃなくケテルの性格の問題も大きい筈だ、と激しく訴えたいカインである。
 もしこれが他のもっと性格のいい相手だったらこっちもこんなに怒ってねーよ、というのがその主張だが、残念なことに解析本殿にいるのはほぼ全員従順なケテル信奉者なのでそんな主張も通らない。カインは他のセフィラを知らないので、セフィラというのはすべてこういう存在だと言われれば反論も無理だ。

 そもそもとして。
 己がケテルから同じ発言をされても嬉しいだけ、なんていう謎趣味の解析士ばかりなのだ、ここは。
 己の名前を呼んで貰えるだけで歓喜し、己のためにわざわざ何か(それが悪戯だろうが嫌がらせだろうが)して頂けるともなれば感涙する。そういう奴らの巣窟である。
 何故毎日カインが怒ってるかわからない位イかれちゃってる信仰者も少なくない。
 朝の追いかけごっこでカインに投げられている同情だって実は、「あんな粗暴な馬鹿に追いかけ回されてお可哀想に」という、カインの向こう側にいるケテルに対してのそれだったりするのだ。
 まったく理不尽な話である。

 この状況に正しい意味で同情してくれるのは、常識持ってて可愛い弟二人だけ…………針の筵というのはこういうものだろう、と偉そうな態度で自分の机に向かうケテルを眺めつつ、カインは今日もため息をついた。
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