やばい奴ほど後から登場する 1

文字数 1,594文字

 正体が露見したことが余程衝撃だったのか、こちらを脅すことも忘れてひそひそと話し合っている人事管理部事務課の複数名。
 視界に見える限りで全員ではないが、人数からして半数近くはこの場にいる。見えてない場所を含めれば全員いるかもしれない。
 解析本殿でも最もケテルに近い仕事をしているエリート部署にして花形。本来セフィラの補佐はこの部署から選ばれる、となれば今回の動機は考えるまでもない。

 勿論、補佐をしているカインはその部署の大半、顔と名前を覚えている。
 つまりまぁ犯人は完全にわかってしまっている状態だ。

 今現在拘束されているアベルも一度声と名前を知れば殆どの相手を覚えるから、今その辺にいる声を出してる全員を正しく認識しているに違いない。さっきの困ったような声は、そういう意味だ。
 知っている相手(大人)のくだらない行為に、どう反応して良いかわからないという。
 まぁそれはカイン自身だって同じなのだが。
 救いは、この面々なら、万が一にアベルが傷つく可能性は相当低いということだろうか。カインを脅す度胸はあっても、子どもに傷をつけるような度胸は無い筈だ。
「お前らが何でこんなことしてるかは、まぁわかったよ。わかったから、とりあえずアベル離せ」
「う、う、うるさいっ! 先に貴様の言質を取ってからだ!」
「……えぇ〜。この状態でまだ話し続ける気なのかよ」
 カイン的には既に相当シラけているのだが、向こうはそうでもないらしい。
 否、ここまで来たら言質の一つも取らないと割りに合わないといったところか。
 カイン自身の「辞める」という言葉を解析記録にでも残してしまわないと、ここまでした意味がないとか考えているのかもしれない。

 何となくそこまではわかるのだが、わかった上で、その意味の無さにシラけてしまう。

 ここまで追い詰められている事務課の気持ちはさておき、彼らは根本から完全に間違っているのだから。
「あのよ。別に言うのは構わねーけど。それ、何の意味もないぞ」
「そんな甘言には乗らん! あの方は素晴らしいお方だ。貴様自身が辞めたがっていることを示せば、きっと」
「うんまずそこが全部間違ってるから」
 もっともケテルに近い部署にまで「自ら上り詰める」ような解析士の殆どは、根っからの信者だ。
 近づきたいからこそ上り詰め、そんな自分の行動に一切の疑いを抱かず誇りを抱く。大なり小なりケテルへの崇拝がある本殿勤めの解析士の中でも、特に仕事は出来るが思考はいっちゃってるような奴らが事務課には集う。人生の趣味と実益を兼ねちゃっているようなものだ。
 実際、人事管理部事務課の面々はケテルのためならどんな激務でも根を上げないし、仕事は完璧に出来る人間だらけである。

 が、悲しいかな。
 その目は、今つけてる色つきメガネ並みに曇っているのだ。

 信仰とはかくも恐ろしい。
「お前らが知らないだけで、俺は何度もあいつに辞めてーって言ってるんだぞ」
「は?」
「それを全部却下してんのはあいつ自身。だから、ここでお前らが俺からまたその言葉を吐かせてケテルに突きつけたところで、まず間違いなくあいつは相手にもしない」
 辞表一つで逃げられるなら、今頃カインはここにいない。

 実のところ、大真面目に弟二人抱えて国外逃亡すら視野に入れ辞意希望を表明した事は何度もある。
 結果的にそうなっていないのは、そんな言葉に一切耳を貸さないヤーフェの第二の法であるセフィラ様ご自身のせいに他ならないのだ。どれだけくだらない言い合いをしようが、果てには互いに手や足を出してさえ、あの男はそれ関連の言葉には絶対に頷いたことはなかった。
 冗談でも、辞めろ消えろ去れの類を向こうから投げて来たこともない。
 どんな悪口雑言並べようとも、だ。

 だから、ここでその言葉を(しかもこんな状況で)ちょろっと吐いたところで、現状は絶対に動かないとカインは言い切れるのだ。
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