やばい奴ほど後から登場する 3

文字数 1,522文字

 ある意味この場に一番関係深いが実は一番関係ない奴の登場に、一番動揺したのはカインでなくアベルの周囲である。
「け、ケテル様っ!?」
「そんなばかな、なぜこんな場所にっ」
「危険です、お降りくださいっ」
 ざわざわと騒がしくなる事務課の面々は、そもそもケテルが最初にカインを見つけた場所だって結構街の外れの方だったことは知らないのかも知れない。この放蕩三昧セフィラ様はしれっと街のあちこちに出没してるのだが、本殿とその周辺の高級住宅街しか知らない彼らには想像もつかないのかも知れない。
 なんでここに、なんて無意味なことで動揺している。

 そして無意味に空の上でサボり決め込む相手が、ちょっと不安定で硝子が割れてあちこち尖ってる窓の上にいる程度で危険を心配するなんて、盲信とはかくも盲目なもの。
 カインからすれば仮に銃弾飛び交う戦場のど真ん中にいたとしても危険だのと心配する気が起きない相手なのだが、事務課にとってそうではないようだ。

 そんで、彼らの言葉なんてガン無視決めて、ケテルは非常に不機嫌そうに手の中の黒い何かを弄びつつ言う。
「カイン、どうやら貴様には改めて教育が必要なようだな」
「その前に、さっきのやつ、お前? 俺、解析全部壊す状態になってるはずなんだけど」
 焦げてしまった前髪の先を指先で弄りつつ一応確認する。
 触れればよくわかる、完全に何かされた状態だ。
 普段も似たようなものだが今のカインは特に意識して「自分の触れる解析は全部崩壊させる」という状態で立っているので、これが解析による干渉とは考え辛かった。しかしそれ以外となると何も思いつかない。
 ケテルが持ってる何かによるもの、という推定は出来るけど。
「無知な貴様に解説してやってもいいが、その前に」
 じろり、とケテルの鋭い視線がアベルの方、いや正しくはその周りにいる事務課の方へと向かう。
「職務時間外の行動にどうこう言う程野暮ではない。が、このオレのおもちゃを勝手に連れ出してどうする気だった」
「ヒィッ!?」
 静かな、静かすぎる声で問い質されて、圧倒されたのか事務課の面々は言葉も上手く出ないようだった。発言からしてケテルにも正体がバレバレであるのは確かで、そりゃそうだよなーとカインは肩をすくめて状況を見守る。

 薄暗い中でも、ケテルの青い目が、色の印象以上の冷たさをしているのが見えた。
 この辺では珍しいその目の色は冬の晴れた空に似ているけれど、今はそこに「夜明け前の」をつけたいくらいに冷たい印象だ。よくもまぁ投げる視線だけでここまで冷たさを表現できるものだ、とカインは器用さに呆れてしまう。
 ケテルの視線の先にいる奴らは、元々セフィラの熱狂的信奉者の集まりである。その対象にこれだけ冷たい視線を寄越されて、さぞかし心臓の縮み上がる気持ちを味わっているに違いない。
 やったことがやったことなので同情はしないけれど。

 声もない事務課の面々に、最後とばかりにケテルが張りのある声で命令した。
「30秒くれてやる。今すぐ立ち去れ。……明日は楽に過ごせると思うなよ?」
「ハイィィィ!」
 実は打ち合わせでもしてたのかと思うほど見事に声を合わせて全員が最敬礼し、直後アベルを放置して脇目も振らずに時計台の広間から逃げ出した。
 出る際には唯一の出入り口の前にいるカインの脇を通り抜ける必要があるのだが、誰もこちらを見ることもなく。
 完全無視というより、今はそんな余裕が無いのだろう。何人かの表情を確認した限り、暗がりでも分かる位に真っ青だった。今更謝罪が欲しい訳でもなし、追い討ちをかけたいくらい憎いわけでもなし。バタバタと去っていく彼らをカインは黙って見送った。


 それはもう見事なまでの終結だった。
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