なんとかに凶器と権力 2

文字数 1,465文字

 ケテルの手には、金属の筒に持ち手がついているような、おもちゃっぽい黒いものが握られている。
 おそらく原因はそれだろうと思うが、そんな小さいものからどうやったらあんな惨事が発生するのかがわからない。

 手の中のそれを片手で弄びながらケテルがニヤッと笑う。
「貴様がやっている解析の崩壊は、解析層にしか干渉しない。問題はその崩壊自体は絶対の強制力で実行されている部分だが」
「おい。いきなり何の話だよ。俺が聞いてんのは」
「黙って聞け愚者め」
 言いつつじゃきっと金属質な音がする黒いおもちゃを眉間に突きつけてくる。
 それにどういう意味があるかわからないが本能で危機を察知して、とりあえずカインはうんうん頷いた。頷いた動きでおもちゃに額が何度か当たってちょっと痛い。
「貴様は驚くほど何も理解してない馬鹿だが、貴様が解析を崩壊させるときに使っているのはアインのパスだ」
「あいん?」
 あまり聞いたことがない単語に首をひねり、もしかしたらアベルなら何か知っているだろうかと隣を見たが、こちらも特に何も思い当たらないらしい。アベルもわからない用語なら、カインにわかるわけがない。
 そんな二人の様子など気にも留めずにケテルは話し続ける。
「いずれ至る楽園、その中央に座する全てであり、セフィラの上位存在にして管理者。世界そのものでもあるアイン・ソフ・オウルが使える絶対の解析パス、その最初の1つだ」
「お、おう?」
 何やら大仰なる単語や長い単語が出てきて混乱する。

 だが、妙に思考に引っかかった。

 初めて聞くはずの内容なのに、そのいくつかに聞き覚えがあるような気がする。アベルの存在を思い出す直前の感覚にも似た、何かが喉元まで迫るようなむず痒い感じが頭の中を巡って、多分出てきた単語の中の何かを自分は忘れているのだとカインは自覚した。
 知らないと言い切るには、ひっかかるものがある。
「まぁこれは解析士の中でも上位の者しか知らぬ話、本来なら貴様のような底辺が単語ひとつ知っている筈がない……と言いたいところだが、そうではないのだろう? 貴様は、何かを知っている筈だ」
 物言いたげな青い目に射抜かれて、頭がぐちゃぐちゃかき回される感覚にかすかな眩暈すら感じながらもカインは頷く。
「否定してーけど、無理っぽい。いや思い出せてはねーけど、知らねーってこともないっぽいな」
「失くしている記憶の中にあるのだろう。無いわけがない。アインのパスは何も知らぬ輩が入手できるものではない。貴様の場合は『貰う以外で手に入れることはありえない』のだからな」
「貰う……?」

 誰かに、そんなものを貰った?
 さっきケテルは何と言った?
 楽園。


「恩はこれから売る」


 脳内に蘇ったその声は、今聞いたばかりのようにはっきりと思い出せた。
 何度も見てきた、起きれば殆どの内容を忘れるような夢の中に現れる、青い髪の男。大きな恩をカインに売りつけて、未だ回収にくる様子がない、ケテルよりも前に現れた恩人。記憶がない頃ですら、夢でばかりその出来事を見ていたので、逆にあれが現実だという実感が無さすぎてすっかり失念していた。夢なのに未だ理解の難しいことを相手は喋ってたし。
 そう、あの夢には続きがあったのだ。
 自分が忘れていたのはその続き。
 だからカインはぶんぶんと首を横に振る。
「いやいやいや。違うぜ、貰ったんじゃねぇ、売られたんだよ」
「思い出したのか?」
「思い出したっつーか、そういえば覚えてたっつーか、そんな感じ」
 自分なりに真面目に説明したのだが、ケテルは「やはり馬鹿か」と呆れたように呟いた。
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