C durの私、C#の彼 Rev7

文字数 1,934文字

最新の彼とのやりとりを振り返ってみると、少しずつ彼との距離が縮まっていることを感じていた。
話題はプロフェッショナルな内容に限定しているのは変わりないため気付きにくいのだが、文面の口調が柔らかくなった気がする。
だからこそ、私は彼に対していつもとは少し違う質問を投げかけてみる勇気が湧いてきたのだ。

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私は金曜日の15時30分を過ぎる頃、少しさみしい気持ちになった。
今週はまだ彼とメールをしていない。
「今日の最後に彼とメールを交わしてから週末を迎えたい」と思った。

それで少し考えた結果、ある質問を送った。
それはいつもと違う類の質問だから答えてくれるかどうかは賭けだった。

「すみません、興味本位な質問なのですが、~さんはどのくらいのプログラム言語を扱えるのですか?」

彼からはすぐに返事が来た。

「そんなには扱えないですよ。分からなければ調べています。.NETやC#くらいは開発経験があります。」

聞いた割には私はプログラム言語については全く分からないため少し検索してみた。

【.NETやC#は、高度なプログラミング言語およびフレームワークとして認識されています。】

【.NET: Microsoftが提供する開発フレームワークで、Webアプリケーション、デスクトップアプリケーション、モバイルアプリケーションなど、さまざまな種類のアプリケーションを開発するために使われます。.NETは複数のプログラミング言語をサポートしており、C#もその中の主要な言語の一つです。】

【C#(シーシャープ)】.NETフレームワーク上で使用されるオブジェクト指向プログラミング言語で、Windowsアプリケーションやゲーム開発(特にUnityというゲームエンジンを使った開発)などでも広く使われています。C#は、簡潔でありながらパワフルであり、さまざまなプログラムの実装が可能です。】

なるほど、やっぱりよく分からない。

分かるのは謙遜しつつも自分のスキルをきちんと私に伝えてくれたことと、控えめながら自分のプロフェッショナルな技術力をアピールしていることだ。
それと同時に、私は彼が自分の経歴を話してくれたことが嬉しく、思わず両手で顔を覆い隠した。

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私は長年クラシックピアノをしていて音楽用語も少しは心得ている。
彼がC#というワードを出したとき、思わず条件反射でドのシャープから始まる嬰ハ長調(C sharp major)と嬰ハ短調(C sharp minor)が頭に浮かんだ。

彼と再会した梅雨の時期、私がよく聴いていた曲は変ニ長調(D flat major)だった。

変ニ長調 (D flat major)は嬰ハ長調(C sharp major)と異名同音と言って、理論的には同じ音階を持っているが、異なる名前で知られている音階だ。

今まですれ違いを重ねる実体の彼を思い浮かべて変ニ長調 (D flat major)の曲を聞いていたが、文字の彼はそれと表裏一体のC#…
…嬰ハ長調(C sharp major)だったのか。

(これは…)

まるで彼の二面性を表しているようではないか。
若干こじつけがあるかもしれないが、私はひとり静かに興奮した。

変ニ長調は、柔らかく、包み込むような温かさや静けさを持っており、再会時に感じた彼の雰囲気にぴったりだった。

対して、嬰ハ長調は、輝かしく、鋭さ、力強さを感じさせる調性で、文字の彼が持つ『プロフェッショナル』な側面、冷静で、頼りがいがあって論理的、そして感情を押し隠すような面と一致すると思った。

そして、何よりも驚くべきことに、彼が使うプログラミング言語がC#だなんて…

二面性を持つ彼には、これ以上ないほどふさわしい調性ではないか。

私は今まで、彼のことを変ニ長調(D flat major)として感じていた。
少し距離があるけれども、柔らかく包み込んでくれるような存在。

対して私自身の性格を例えるなら、いつも真っ直ぐで純粋なハ長調(C dur)だと思っていた。

けれども、彼が嬰ハ長調(C sharp major)だったと知った瞬間、私の中で何かが変わった。
彼は、私が想像していたよりもずっと近い場所にいたのだ。
ずっと遠いと思っていた彼が、実はすぐ隣にいたような気がした。

嬰ハ長調(C sharp major)は、ハ長調のすべての音を半音上げたものだ。

(そういえば彼も私より少しだけ背が高かった気がする…。)
すれ違ったときにそれに気付き、なぜか少し驚いたのだ。

半音上げたからこそ、その響きは私にとって親しみがありながらも、少し異なる鋭さを持っている。
そんな彼が、私のすぐそばにいるという事実が、心の中でじわじわと広がっていく。

私は両手を顔から剥がすことができないままでいた。
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登場人物紹介

私:30代後半の女性

昔は綺麗だった。見た感じさほど変わりはないが、今は自分の加齢に悩んでいる。

年上が好みだったが、これから好きになるある男性は年が下かもしれないので落ち着かない。

実体の彼:年令不詳だがおそらく私より年下

優しい、誠実な仕事ぶりの中途入社社員。

こちらから話しかけない限り、ほとんど話さない静かな性格。

私は彼がどの程度年下なのかが分からず落ち着かない。

あるきっかけで私と長い期間社内メールでのみ個人宛てでやりとりをする関係になる。

その後再会した彼は、今まで私が知る彼とは言動、行動が違っていて私は受け入れられず混乱している。

理想の彼:理想化した彼

実体の彼に出来ないことは全てしてくれるが私はだんだん違和感と不安が膨れ上がっていく。

思い出の彼:私の思い出の中にいる彼。

数種類のエピソードを持っており、時が経つごとに輝きが増す。

誰にも共有することが出来ず、なんなら実体の彼すら忘れているエピソードもある。

文字の彼:私と一番長く過ごしてきた彼。

私は再会するまで彼の顔は思い出せず、『文字の彼』として受け入れていた。

私のトラブルをいつも気にかけ、いつでもすぐにメールで助けてくれる安心感のある彼。

彼のただ一つの謎はこんなに優しいのに『感情』が入った文章には一切反応をしないこと。

自称イケメン(ただし本当にイケメンです。)の先輩。

自分に自信があり、仕事も顔も自分が一番だと思っている。

ただ、既婚者なのに女の子をひっかけているところはクズである。

私にはないものばかりで、『ある意味』あこがれの先輩。

『彼』への想いの相談相手になってもらったが…

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