助けて、ヘルプデスク! Rev3
文字数 2,087文字
彼はある日突然、私の生活に現れた。
彼は私のオフィスの隣に本拠地を構えているヘルプデスクの一員で、システム関連の何でも屋だ。
中途採用で、おそらくこの2年以内に入社したらしいが、勤続年数が長い私もまったく気付いていなかった。
私はヘルプデスクをただの黒子、必要な時にだけ瞬間的に現れては消える存在だと思っていた。
だから、彼らがどんな素性や経歴を持っているのか、たとえ人が入れ替わったとしても全く気にしていなかった。
いずれにせよ私には関係のないことだ。
そんなある日、私は彼のオフィスにあるPCでソフトウェアの最終チェックをしなければならなくなった。
私が外注で製作したソフトウェアは、ソフトウェア付きのPC一式でメーカーから購入したのだが、
メーカー側の手違いで社内基準を満たさないPCが選定され、納入できないトラブルに発展していた。
納入するには、メーカーからソフトウェアだけを購入し、社内標準PCを新たに買い直して自分でインストールする必要があったのだ。
さらに、社内標準PCにインストールしてもソフトが問題なく動作するかは、仕様書のすべての項目を実行して自分でチェックする必要があった。
これがいわゆるテストプレイだ。
通常はメーカー側で行ってから引き渡しだが、今回は全て自分でするしかないのだ。
ああ、失敗した。面倒なことになった。
あのときのまぬけな自分を恨むしかなかった。
テストするPCはまだシステム部署の所管で、場所を移動できなかったため、私は彼らのオフィスにお邪魔してテストプレイをすることになった。
そのとき、私の担当をしたのが「彼」だった。
ヘルプデスクのオフィスは通りかかることはあったが、今回初めて入った。
狭い倉庫を改装したもので正直、快適とは言い難い。
奥には強烈にクーラーが効いているサーバ室も併設してあり年中かなり冷えているようだった。
席数も4席と仮置きの1席で窮屈だし、あまり居心地の良いところではなかった。
彼らは4人チームで、私はそのリーダーと特に私の課と付き合いの長いもう一人の顔は知っていた。
リーダーは言葉はきついけど熱血な性格で、そのときも別のチーム員に熱い『ご指導』を炸裂していた。
このチームは大変だけど指示が的確で意外と良い職場なのかな?と勝手な想像をした。
私は年上が好みで、実はこのリーダーも顔が整っていて長身で細身だったこともあり隠れ推しだった。
そして、てっきりこのリーダーが今回私の担当になると思いこんでいた。
違うと知り、内心少しがっかりした。
私は重い足取りでおそるおそる「彼」に近付く。
(どんな人なんだろう、大丈夫かな。)
彼は私が隣に立っても自分のPC画面から目を離さず横顔しか見えなかった。
そのときはコロナ禍の真っ直中で社内ではマスク着用が義務付けられていたためさらに判別しにくかったが、よく見ると少し幼く見えた。
私よりいくらか年下だろうか。
なるほど、私も、もうそういう年代か。
周りは若い人だらけになるんだろうなと考え、少しさみしさを覚えた。
年齢を重ねるごとに、年下の男性との関わりが少しずつ苦手になっていた私は、彼に対しても身構えていた。
「お手数おかけします」「ご迷惑おかけします」といった言葉をかけたが、彼は「気にしないでください」と、落ち着いた声で答えた。
その瞬間、私の心は少し和らいだ。
私は彼の右隣の席に座った。
(あれ、この人、見た目のイメージより声が低いんだ。)
低すぎない彼の声は心地よかった。
しかし、次の瞬間、彼が言った言葉に私は思考が止まった。
「あなたと話すのは楽しいです。」
彼は自分のPC画面を見ながら、さらりとそう言った。
その割には台詞を言い終わると、少し反応を期待したのか私を二度見した。
男性からそんな言葉をかけられるのは何年ぶりだろうか。
頭が真っ白になった。
どうしよう、緊張を和らげようとして言ってくれたのだろうけど、何か返さないと。
焦りながら
「私もです!」
と、とっさに答えた。
その瞬間、心臓がズキリと大きく痛んだ。
脈が速くなり、自分の鼓動の音が聞こえた。
顔が熱くなるのを感じた。絶対耳まで赤くなっているはずだ。
自分で言っておきながら恥ずかしくなって、思わず自分のノートで顔を覆い隠した。
目を固く閉じて気持ちを落ち着かせようとしたが、肩が震えるのを止められなかった。
もしかしたら彼はその様子に気付いていて、笑いをこらえていたのかもしれない。
オフィスに居た他の人たちも、私の動揺を感じ取っていたに違いない。
確かに私は彼と小さな用事も含めて何度かやりとりをしたことがある。
しかし、彼が『私と話すのが楽しい』と感じたのは、一体どの瞬間からだったのだろう?
私は彼とのやり取りを振り返り、彼の指す「楽しい記憶」が他にもあるのかどうか気になった。
逆に私が彼を意識したのは、今回が初めてだったのかもしれない。
…いや
本当にそうだろうか…?
おととい、『黒子ではないヘルプデスク』に助けてもらったではないか。
あれは、彼ではないか…?
一瞬、彼とのエピソードを思い出しかけた。
…
彼と目が合った。
さあ、始めなければ。
私たちはテストプレイ第一回を開始した。
彼は私のオフィスの隣に本拠地を構えているヘルプデスクの一員で、システム関連の何でも屋だ。
中途採用で、おそらくこの2年以内に入社したらしいが、勤続年数が長い私もまったく気付いていなかった。
私はヘルプデスクをただの黒子、必要な時にだけ瞬間的に現れては消える存在だと思っていた。
だから、彼らがどんな素性や経歴を持っているのか、たとえ人が入れ替わったとしても全く気にしていなかった。
いずれにせよ私には関係のないことだ。
そんなある日、私は彼のオフィスにあるPCでソフトウェアの最終チェックをしなければならなくなった。
私が外注で製作したソフトウェアは、ソフトウェア付きのPC一式でメーカーから購入したのだが、
メーカー側の手違いで社内基準を満たさないPCが選定され、納入できないトラブルに発展していた。
納入するには、メーカーからソフトウェアだけを購入し、社内標準PCを新たに買い直して自分でインストールする必要があったのだ。
さらに、社内標準PCにインストールしてもソフトが問題なく動作するかは、仕様書のすべての項目を実行して自分でチェックする必要があった。
これがいわゆるテストプレイだ。
通常はメーカー側で行ってから引き渡しだが、今回は全て自分でするしかないのだ。
ああ、失敗した。面倒なことになった。
あのときのまぬけな自分を恨むしかなかった。
テストするPCはまだシステム部署の所管で、場所を移動できなかったため、私は彼らのオフィスにお邪魔してテストプレイをすることになった。
そのとき、私の担当をしたのが「彼」だった。
ヘルプデスクのオフィスは通りかかることはあったが、今回初めて入った。
狭い倉庫を改装したもので正直、快適とは言い難い。
奥には強烈にクーラーが効いているサーバ室も併設してあり年中かなり冷えているようだった。
席数も4席と仮置きの1席で窮屈だし、あまり居心地の良いところではなかった。
彼らは4人チームで、私はそのリーダーと特に私の課と付き合いの長いもう一人の顔は知っていた。
リーダーは言葉はきついけど熱血な性格で、そのときも別のチーム員に熱い『ご指導』を炸裂していた。
このチームは大変だけど指示が的確で意外と良い職場なのかな?と勝手な想像をした。
私は年上が好みで、実はこのリーダーも顔が整っていて長身で細身だったこともあり隠れ推しだった。
そして、てっきりこのリーダーが今回私の担当になると思いこんでいた。
違うと知り、内心少しがっかりした。
私は重い足取りでおそるおそる「彼」に近付く。
(どんな人なんだろう、大丈夫かな。)
彼は私が隣に立っても自分のPC画面から目を離さず横顔しか見えなかった。
そのときはコロナ禍の真っ直中で社内ではマスク着用が義務付けられていたためさらに判別しにくかったが、よく見ると少し幼く見えた。
私よりいくらか年下だろうか。
なるほど、私も、もうそういう年代か。
周りは若い人だらけになるんだろうなと考え、少しさみしさを覚えた。
年齢を重ねるごとに、年下の男性との関わりが少しずつ苦手になっていた私は、彼に対しても身構えていた。
「お手数おかけします」「ご迷惑おかけします」といった言葉をかけたが、彼は「気にしないでください」と、落ち着いた声で答えた。
その瞬間、私の心は少し和らいだ。
私は彼の右隣の席に座った。
(あれ、この人、見た目のイメージより声が低いんだ。)
低すぎない彼の声は心地よかった。
しかし、次の瞬間、彼が言った言葉に私は思考が止まった。
「あなたと話すのは楽しいです。」
彼は自分のPC画面を見ながら、さらりとそう言った。
その割には台詞を言い終わると、少し反応を期待したのか私を二度見した。
男性からそんな言葉をかけられるのは何年ぶりだろうか。
頭が真っ白になった。
どうしよう、緊張を和らげようとして言ってくれたのだろうけど、何か返さないと。
焦りながら
「私もです!」
と、とっさに答えた。
その瞬間、心臓がズキリと大きく痛んだ。
脈が速くなり、自分の鼓動の音が聞こえた。
顔が熱くなるのを感じた。絶対耳まで赤くなっているはずだ。
自分で言っておきながら恥ずかしくなって、思わず自分のノートで顔を覆い隠した。
目を固く閉じて気持ちを落ち着かせようとしたが、肩が震えるのを止められなかった。
もしかしたら彼はその様子に気付いていて、笑いをこらえていたのかもしれない。
オフィスに居た他の人たちも、私の動揺を感じ取っていたに違いない。
確かに私は彼と小さな用事も含めて何度かやりとりをしたことがある。
しかし、彼が『私と話すのが楽しい』と感じたのは、一体どの瞬間からだったのだろう?
私は彼とのやり取りを振り返り、彼の指す「楽しい記憶」が他にもあるのかどうか気になった。
逆に私が彼を意識したのは、今回が初めてだったのかもしれない。
…いや
本当にそうだろうか…?
おととい、『黒子ではないヘルプデスク』に助けてもらったではないか。
あれは、彼ではないか…?
一瞬、彼とのエピソードを思い出しかけた。
…
彼と目が合った。
さあ、始めなければ。
私たちはテストプレイ第一回を開始した。