メールに隠されたメッセージ

文字数 1,283文字

彼とのやり取りは私にとって必要不可欠な存在だった。
メールが届くたびに、私は小さな安心感を得ていた。
彼の支えは言葉の裏に隠れていたが、それが私を立ち直らせてくれることを知っていた。

彼とのメールにおいて私はいつも本題だけ簡潔に、丁寧な言葉遣い、顔文字は使わないなど自分の中でルールを決めてやりとりするよう心がけていた。
それは彼と同じ温度でメールラリーをできるだけ長く続けたいがための計画だった。

しかし時が経つと、私はときたま追伸に少しの感情を添えるようになっていた。

彼はまるで感情を持たない汎用AIやチャットbotのようで、私が感情を込めた文章にも一切反応しなかった。
それでも、私は感情を書くことをやめられなかった。

ある日彼の元同僚が現場へ作業に来た。
感情を表に出さない彼とは対照的に、元同僚はとても明るく楽しい人だ。

元同僚は「今日は~さんの当番ですか。後輩の~ちゃんが良かったなー!」と冗談を言いながら笑いかけてきた。
私は「そんなこと言わないで、ほら、よろしくお願いしますね!」と返しつつ、心の中では彼のことを思い浮かべていた。
伏せ目がちに下を見ていた彼の姿が、頭の中にぼんやりと浮かんだ。

彼はどんな目の形をしていたっけ…。
やはり顔はあまり思い出せなかった。

その日の夕方、私は彼にメールを送った。
いつものように問題の解決策を求め、最後に追伸を添えた。

「今日は元同僚の~さんが現場にいらっしゃいましたよ。
そうしたら私じゃなくて後輩が良かったというのだから失礼してしまいますね。」

「私も…」

「私も『~さんが良かった』と言えば良かった。」

自分でもこんなメールを送って、頭がどうかしていたか熱にうなされていたのかと思う。

ただ、彼がこの追伸にどう反応するのかは少しだけ期待していた。

悪い気はしないはずだし…
いやでも相手によるかな…
私から送られたら嫌かな…
ハラスメントになったらどうしよう…
………
ああ、どきどきする…!

しかし、返ってきたメールには、その追伸について一切触れられていなかった。
ただ、本題についての迅速な解決策が詳細に記されていただけだった。
でも、いつもと違ったのは、その返信スピードだった。

今日は異様に早かったのだ。
この返信スピードはあきらかにおかしい。

わたしはふと思った。

彼はいつも私のメールの「感情」の部分だけ反応していないが、それはメール全体のうち本題以外を全て省略して読んでいるからだと思っていた。

もしかしたら内容に触れていなくても、中身を読んでいることは私に伝えたかったから速く返信したのではないか?

本当は全部きちんと読んでいて、『いつも』、『わざと』反応していない?

少しずつ明かされる彼の分かりにくい性格と深まる謎が、彼の不可解な行動が、私の心にますます深い印象を刻みつけていく。

その背後に潜む謎が私の心を急激に引き込んでいった。
彼とのメールのやり取りはプロフェッショナルに関するものでしかなかったが、
それが次第に私にとって特別な意味を持つようになっていた。

私は確実に、この謎の多い彼に惹かれている。

私は休憩室でひとり、顔がほころぶのを抑えられなかった。
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登場人物紹介

私:30代後半の女性

昔は綺麗だった。見た感じさほど変わりはないが、今は自分の加齢に悩んでいる。

年上が好みだったが、これから好きになるある男性は年が下かもしれないので落ち着かない。

実体の彼:年令不詳だがおそらく私より年下

優しい、誠実な仕事ぶりの中途入社社員。

こちらから話しかけない限り、ほとんど話さない静かな性格。

私は彼がどの程度年下なのかが分からず落ち着かない。

あるきっかけで私と長い期間社内メールでのみ個人宛てでやりとりをする関係になる。

その後再会した彼は、今まで私が知る彼とは言動、行動が違っていて私は受け入れられず混乱している。

理想の彼:理想化した彼

実体の彼に出来ないことは全てしてくれるが私はだんだん違和感と不安が膨れ上がっていく。

思い出の彼:私の思い出の中にいる彼。

数種類のエピソードを持っており、時が経つごとに輝きが増す。

誰にも共有することが出来ず、なんなら実体の彼すら忘れているエピソードもある。

文字の彼:私と一番長く過ごしてきた彼。

私は再会するまで彼の顔は思い出せず、『文字の彼』として受け入れていた。

私のトラブルをいつも気にかけ、いつでもすぐにメールで助けてくれる安心感のある彼。

彼のただ一つの謎はこんなに優しいのに『感情』が入った文章には一切反応をしないこと。

自称イケメン(ただし本当にイケメンです。)の先輩。

自分に自信があり、仕事も顔も自分が一番だと思っている。

ただ、既婚者なのに女の子をひっかけているところはクズである。

私にはないものばかりで、『ある意味』あこがれの先輩。

『彼』への想いの相談相手になってもらったが…

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