現実の私 ─空白のメール─

文字数 904文字

昨日は彼にメールを送らなくても抑えられた。

私は大丈夫、送らなくても、やっていける。

今日は気付いたら彼専用のメールフォルダを見ている。
私が送っていないのだから、返ってくるはずがないのに。

そして今日も、もうすぐ終わるとき。
私は彼の最新のメールを引っ張り出してきた。

私が気持ちを込めたメールに彼が真剣に返事をしてくれたメール。
彼と担当者さんのこれまでの道のりと長期戦の理由を詳細に書いてくれた。
私はこれに返事をしたけれど、彼からはその後返事はなく、この会話は切れてしまった。

このメールを引っ張り出して私は読み返した。
そして返信ボタンを押した。
まったくメールとは関係のない文字を書いた。

「また、会えますか?」

そして文字の色を白くした。

ただこのままでは不自然な空白が出来てしまう。

私は私の思っていることを彼に伝えたいのに、それがあけすけに見えるのが嫌だと思った。

本当はもう1ヶ月以上会えていない彼に、会いたくて仕方がないのに。
「どうして会えないのか」聞きたいのに必死でそれを隠している。

それは私と彼の間に『神秘の障壁』があるから。

半透明の幕みたいなものがあって、私と彼はそれで柔らかく仕切られている。

だから私の気持ちを直球で彼に送ることは、感情を投げつけてぶつけるような行為だと思えてならなかった。

私は彼の前回の本文の中に、先ほどの『白い文字』を差し込むことにした。

彼が文字の色を変えるか、HTML形式からテキスト形式に書式設定を変えてもすぐには見つからないだろう。

それでも私のあらゆる質問に答えてくれる彼なら、見つけてくれるだろうか?

そして「また会えますよ」と期待させる優しい言葉を言ってくれるのか、「何を勘違いしているのか分かりませんが、会うつもりはありません。」と真っ二つに切られるのか。
まったく気付かず無視か、「誤送信しています。」と知らせてくれるのか。

私はメールの宛先の彼の名前を何度も確認した。
彼はオンラインだ。
メールを送ったら彼はすぐ開く。
何分で返事が返ってくるだろうか。

私は彼の名前を見つめながら送信した。

いつも私のメールに5分以内で返事をしてくる彼だったが、今日はついに彼の返信が来ることはなかった。
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登場人物紹介

私:30代後半の女性

昔は綺麗だった。見た感じさほど変わりはないが、今は自分の加齢に悩んでいる。

年上が好みだったが、これから好きになるある男性は年が下かもしれないので落ち着かない。

実体の彼:年令不詳だがおそらく私より年下

優しい、誠実な仕事ぶりの中途入社社員。

こちらから話しかけない限り、ほとんど話さない静かな性格。

私は彼がどの程度年下なのかが分からず落ち着かない。

あるきっかけで私と長い期間社内メールでのみ個人宛てでやりとりをする関係になる。

その後再会した彼は、今まで私が知る彼とは言動、行動が違っていて私は受け入れられず混乱している。

理想の彼:理想化した彼

実体の彼に出来ないことは全てしてくれるが私はだんだん違和感と不安が膨れ上がっていく。

思い出の彼:私の思い出の中にいる彼。

数種類のエピソードを持っており、時が経つごとに輝きが増す。

誰にも共有することが出来ず、なんなら実体の彼すら忘れているエピソードもある。

文字の彼:私と一番長く過ごしてきた彼。

私は再会するまで彼の顔は思い出せず、『文字の彼』として受け入れていた。

私のトラブルをいつも気にかけ、いつでもすぐにメールで助けてくれる安心感のある彼。

彼のただ一つの謎はこんなに優しいのに『感情』が入った文章には一切反応をしないこと。

自称イケメン(ただし本当にイケメンです。)の先輩。

自分に自信があり、仕事も顔も自分が一番だと思っている。

ただ、既婚者なのに女の子をひっかけているところはクズである。

私にはないものばかりで、『ある意味』あこがれの先輩。

『彼』への想いの相談相手になってもらったが…

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