先輩の強引な気遣い

文字数 1,099文字

「というわけで、彼とヘッドセットの動作確認テストをすることになりました!」

私は親しくしており、彼の話を唯一聞いてくれる他部署の先輩男性に事の顛末をTeamsチャットで送った。

この先輩は大変面白い人だった。
自称イケメン(実際イケメンではあるのだが)で自分の容姿だけでなくプロフェッショナルな面でもとにかく自信を持っていた。
私にはまったく無いものばかりだったから、どれもすごく新鮮に映り、親しくなりたいと思って一度仕事をご一緒させてもらってから勝手に継続的に連絡を取らせてもらっていた。

ただ既婚者なのに女の子にすぐ手を出すところは清々しくクズだった。
人間、顔も性格も完璧な人なんていないのだ。
私は自分には被害がないので対岸の火事として何も気にせず先輩と接していた。

「なんじゃそりゃ」
先輩は呆れていた。進みがゆっくりすぎる私と彼の距離は先輩にはとても理解が出来ないと言われていた。

「押し倒せ」という何の役にも立たないアドバイスを何度も言われたが、本当に何の役にも立たなくて吹き出した。

「動作テストは何時から?」
「15時からです。」
「よし、わかった。その前に俺と動作確認テスト前のテストをしよう。」
「ええ!?」
「テストの時間までに全部マスターして、『本番』では全部が分からないふりをしてテストに挑めよ。ほら早く!」
「はあ?」
先輩からまさかの着信が来た。今は事務所で、人もたくさんおり、とても通話には出られない。
私はパソコンとヘッドセットを持って一番遠い休憩室へそそくさと移動した。

休憩室はちょうど空いていて、無線も入るエリアだった。
(助かった…)
「こら、早く出なさい!」
先輩から連打でチャットが入っていた。
「すみません!遅くなりました!」
応答ボタンを押した。

「もしもし…?」
「おー、聞こえるよ?」
設定なしでも通話は無事できたようだ。
有線ヘッドセットだから細かい調整もいらないし。
ただ操作ボタンのチェックはしておきたかった。
説明書が英語で簡素だから分からなかったのだ。
「えっと…」

そのとき、彼からメールが来た。
動作確認テストの承諾を改めて伝えてくれたメールだ。

「あれ…?」
「どうした?」
「彼からメールが着ました。」
「へー、もう告白まで行ったか?」
「違いますってば!」
「『15時より、承知しました。』と書いてあるのですが、その後にうじゃうじゃした集合体があるんです。」
「はあ?なんそれ。」
「ちょっと詳しく見てみます。」

どうやらそれはとても小さなフォントで書かれた文章で、フォントサイズが1で書かれていた。

これはもしや私が知りたがっていた『彼の本心』が書いてある文章かもしれない。

私は落ち着かない気持ちになった。

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登場人物紹介

私:30代後半の女性

昔は綺麗だった。見た感じさほど変わりはないが、今は自分の加齢に悩んでいる。

年上が好みだったが、これから好きになるある男性は年が下かもしれないので落ち着かない。

実体の彼:年令不詳だがおそらく私より年下

優しい、誠実な仕事ぶりの中途入社社員。

こちらから話しかけない限り、ほとんど話さない静かな性格。

私は彼がどの程度年下なのかが分からず落ち着かない。

あるきっかけで私と長い期間社内メールでのみ個人宛てでやりとりをする関係になる。

その後再会した彼は、今まで私が知る彼とは言動、行動が違っていて私は受け入れられず混乱している。

理想の彼:理想化した彼

実体の彼に出来ないことは全てしてくれるが私はだんだん違和感と不安が膨れ上がっていく。

思い出の彼:私の思い出の中にいる彼。

数種類のエピソードを持っており、時が経つごとに輝きが増す。

誰にも共有することが出来ず、なんなら実体の彼すら忘れているエピソードもある。

文字の彼:私と一番長く過ごしてきた彼。

私は再会するまで彼の顔は思い出せず、『文字の彼』として受け入れていた。

私のトラブルをいつも気にかけ、いつでもすぐにメールで助けてくれる安心感のある彼。

彼のただ一つの謎はこんなに優しいのに『感情』が入った文章には一切反応をしないこと。

自称イケメン(ただし本当にイケメンです。)の先輩。

自分に自信があり、仕事も顔も自分が一番だと思っている。

ただ、既婚者なのに女の子をひっかけているところはクズである。

私にはないものばかりで、『ある意味』あこがれの先輩。

『彼』への想いの相談相手になってもらったが…

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