ヘルプデスクは『王子様』? Rev3

文字数 1,152文字

ソフトウェア最終確認以前にも、彼にはいろいろとお世話になっていたはずだけれど、主なコミュニケーションは電話か対面だった。

彼は本当にすぐに問題を解決して、すぐにいなくなる立場だから、私は彼の顔をほとんど認識していなかった。

(話すこともないし…長居しても意味がないのか)

ある日、私が担当する分析装置とデータを一時保管するためのネットワークに異常が発生し、元に戻せなくなってしまった。
その後、装置のメーカーまで巻き込んだ騒ぎにまで発展した。

私はどうしたらいいのか分からず、たびたび彼に連絡し、「まだ間に合いますか?」「次はどうしたらいいですか?」と繰り返し彼の指示を仰ぎ、それをメーカーに伝えていた。

ヘルプデスクの営業時間も終わり、途方に暮れていたとき、装置の周りに知らない誰かが近付いてきた。

ここはハイテク産業のクリーンルームで、ここに入れる人は限られている。
クリーンルームは文字通り、ゴミや塵が極限まで抑えられている部屋だ。
全身を包むさらさらとした生地の白衣(防塵服)を着ていて、目元しか判別できない。

(名札もない…おそらく男性?)

この人は誰だろう?と不信に思ったが、今までずっと電話で話していたヘルプデスクの彼だった。

営業時間も終わっていて、帰ったと思っていたし、来てほしいとお願いもしていなかったのに。

(来てくれたんだ…)

私は一瞬言葉を失い、泣き出しそうになったが、すぐに現実に引き戻され「メーカーさんに状況を説明していただけますか?」とお願いした。
彼は状況を大体理解していたので、私との交代も手短に済んだ。

彼はただ早く帰りたかっただけかもしれないけれど。

メーカーが帰り、彼と二人きりになったので、彼を引き留めた。
私は装置の前に彼を誘導し、座らせて、メーカーに何を説明したのかもう一度繰り返してもらった。

クリーンルームは空調や機械音のせいで人の声が聞こえにくいので、オフィスとは違い、体の距離が自然と近くなる。
私は今までで最短距離に彼に近付いたが、そのときは特に何も感じなかった。
エラーのことで必死だったからだ。

彼の説明は少し言葉足らずだったが、理解できるレベルまで教えてもらい、ようやく一安心した。
安心感からか、私は急に彼に親しみを感じ、正確には覚えていないが「ピンチのときに助けに来てくれるなんて王子様みたいですね」と声をかけた。

今思うと、なんでそんなことを言ったのだろうと思うし、恥ずかしくないのかと自問するが、そのときは事実だと思ったし、伝えたかったのだ。
彼はぶっきらぼうに「たまには良い人アピールをしないと…」とつぶやいたようだが、あまりよく聞こえなかった。

彼は全て解決したと判断したのか、イスから立ち上がって去っていった。

私も後を追うように彼に着いていったが、彼はあっという間に消えていた。
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登場人物紹介

私:30代後半の女性

昔は綺麗だった。見た感じさほど変わりはないが、今は自分の加齢に悩んでいる。

年上が好みだったが、これから好きになるある男性は年が下かもしれないので落ち着かない。

実体の彼:年令不詳だがおそらく私より年下

優しい、誠実な仕事ぶりの中途入社社員。

こちらから話しかけない限り、ほとんど話さない静かな性格。

私は彼がどの程度年下なのかが分からず落ち着かない。

あるきっかけで私と長い期間社内メールでのみ個人宛てでやりとりをする関係になる。

その後再会した彼は、今まで私が知る彼とは言動、行動が違っていて私は受け入れられず混乱している。

理想の彼:理想化した彼

実体の彼に出来ないことは全てしてくれるが私はだんだん違和感と不安が膨れ上がっていく。

思い出の彼:私の思い出の中にいる彼。

数種類のエピソードを持っており、時が経つごとに輝きが増す。

誰にも共有することが出来ず、なんなら実体の彼すら忘れているエピソードもある。

文字の彼:私と一番長く過ごしてきた彼。

私は再会するまで彼の顔は思い出せず、『文字の彼』として受け入れていた。

私のトラブルをいつも気にかけ、いつでもすぐにメールで助けてくれる安心感のある彼。

彼のただ一つの謎はこんなに優しいのに『感情』が入った文章には一切反応をしないこと。

自称イケメン(ただし本当にイケメンです。)の先輩。

自分に自信があり、仕事も顔も自分が一番だと思っている。

ただ、既婚者なのに女の子をひっかけているところはクズである。

私にはないものばかりで、『ある意味』あこがれの先輩。

『彼』への想いの相談相手になってもらったが…

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