錦糸小 五年一組担任・山野 裕之 ①

文字数 1,184文字

 錦糸小(ここ)に赴任して四年目を迎える。噂には聞いていたし、前任校の先輩教師からも「あそこは、かなり大変らしいぞ」と言われてはいたけれど……。

 ああいう言われ方をした場合、たいていは学校が荒れていて授業もままならないことを指す。そういった点では、ここは荒れているということもなく児童たちもみんな明るくいい子なのだけれど、授業を進めていくのが一苦労という点は同じだった。
 今まで、クラスに外国家庭の子がいたことはある。だけど、せいぜい一人か二人。それがここではクラスの約半分が外国家庭の子だ。文科省では「外国につながる児童」という呼び方を推奨しているが、その言い方もなんかしっくりこない。あえて呼ぶなら、他言語児童かな。
 児童は母親の母国語を覚えて育つことが多いから、母親が日本語を話さなければ、おのずと日本語を覚えないまま小学生となる。友達と会話は出来ても、ひらがなや漢字は読めない、ということも少なくない。読めても意味が分からない。
 今まで行ってきた、教科書を読んで授業を進めるやり方が通用しないのだ。

 お年寄りから小さな子供まで、健常者だけでなく障害を持つ方にも使えるような道具をユニバーサルデザインと呼ぶのは知っていた。ハサミやスプーンなどを見たことがあったけれど、それを授業に生かすと言われても、すぐにはどうすればいいかなんて思い浮かべることが出来なかった。学校としてのノウハウの蓄積、先生方のサポートがなければ、途方に暮れるだけだっただろう。
 三年間、試行錯誤しながらユニバーサルデザイン授業に取り組み、学んだ。言葉に頼らず、目で見ること、絵で見せたり実物を見せる、実体験と学習を結びつけることがいかに重要かを。算数は特に有効だ。足し算や引き算だけでなく、掛け算や割り算、数の概念などもモノを実際に見ながらだと、子供たちも理解が早い。
 以前は子供たちの学力も停滞気味だった時期があったと聞いているが、今は年次カリキュラムもこなし、着実に伸びている。大変ではあったけれど、私自身も教師として成長することが出来た。

 今年の五年生は、一学年一クラスの最後の世代だ。減少していた児童数も増加してきているので、この子たちが卒業した後は全学年が二クラスになるだろう。
 男子十九名、女子十四名、計三十三名のクラスに、中国、韓国、フィリピン、タイ、ベトナム、バングラデシュ、ロシアそして日本、八か国の子供たちが学んでいる。他校なら、五年生になるときにクラス替えを行うけれど、ここではそれがないし、ずっと一クラスだったからお互いをよく分かっている。授業に手間がかかる分、担任としてクラスをまとめるのは苦労しないで済みそうだ。

「おはようございます。みんなは今日から新学年ですね。この五年一組の担任になった山野裕之です。一年間、よろしくお願いします」
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