様々な顔を持つ、国際色豊かな学校へ

文字数 2,873文字

 小学校の廊下に、新聞社による写真ニュースを貼りだした掲示板がありますよね。東京だけなのか分からないけれど、二十三区内の小学校には、どこへ行っても必ず一カ所はこの掲示板がありました。
 数年前に四年間だけ、錦糸小学校に設置された掲示板のスポンサーをしていたことがあります。地元の企業に協力をお願いしたい、との趣旨で連絡があり、OBと言うこともあってお引き受けしました。スポンサーをしていた間は、学校だよりを送って頂いたり、運動会に招待されました。卒業後は、ほとんど錦糸小との接点がなかったのですが、このときに錦糸小の変化と現状を実感することとなります。

 運動会は錦糸公園のグランドを借りて行う話をしましたが、招待されたときは錦糸公園の体育館でした。子どもたちはクラスごとに分かれ、また保護者もエリアが決められ、みんな観客席に座って、アリーナで行う徒競走やダンスを見ています。
 私が在学していた頃は、少なくとも各学年三クラス、全体で十八クラス以上ありました。しかし、この年は全体で八クラス。一クラスしかない学年も複数あります。児童数が少ないので体育館で十分、雨が降っても順延がないし(グランドは予約が一杯なので、雨天順延の場合も翌日ではなく数日後、その日も雨だと五月の予定を十月に延期したこともあります)と、この頃はアリーナを借りて行っていたそうです。

 なぜ、児童がこんなにも減ってしまったのか?
 政治の場でも課題となっている少子化も一因かもしれません。しかし、大きな要因は外国につながる児童(保護者が外国籍でも児童は日本国籍の場合もあり、また保護者のいずれかが外国籍の場合も含んで、このような言い方をするようです)の増加だったのです。
 そう、花壇街を始めとした、ここ錦糸町で生活する外国籍の方が増えたことが原因でした。子供が生まれ、地元の錦糸小学校へ行くのはごく当たり前のことなのですが、多くの子供たちが日本語の理解力に乏しいまま入学してくるのです。人数が少ない間は先生も対応できたのでしょうが、人数が増えるにつれ、しかも母国語も異なるため授業にも支障が出てしまったようです。何かを教えるにも、日本語が理解できない、日本語を教えるにも幾つもの言語で個別に教えなければならない――私が先生ならば、どうしていいか分からず途方に暮れてしまいます。
 そんな状況を知った日本人家庭では、授業の遅れなどを心配して近隣の公立学校へ転校するケースが増えていきます。年々、入学する際に錦糸小を選ばず、近隣校へ行く人が増え、それにつれて外国につながる児童の割合が増える。そのことが、さらに近隣校への選択が広がる理由となる……こうして、児童数が減少してしまったのです。

 近隣校を選ぶ保護者の方たちの気持ちも分かります。自分がその立場だったら、子供のことを考えて同じ選択をしたかもしれない。進学校に行って勉強第一、なんて言うつもりはないし、公立校で十分だと思っているけれど、授業が遅れがちになってしまうのはやっぱり心配。一方で、このような理由で児童数が減ってしまうのも切ないというか、やるせないというか……。
 でも、現実は厳しく、2013年には児童数が約百八十名(七クラス)、その内の約半数が外国につながる児童で、十五か国にわたったそうです。私が招待された運動会も、壁に張ったプログラムは日本語、韓国語、タガログ語、ロシア語と四か国語表記でした。

 児童数の減少。他に例を見ないほど多国籍化した教育の場。
 これらに直面した墨田区と錦糸小は、手探りながらも様々な対応を試みていきます。

 まず手始めとして、2005年にコミュニケーションの教室「あおば」を学校内に設立します。児童数の減少に伴って空いた教室を活用し、情緒障害をもつ児童の個別学習を行う通所型の教室です。錦糸小学校だけでなく区内の小学校から利用があり、今年度は七十二名の児童が週一、二回通っています。
 2007年には、外国から同区立中学校に転入してきた中学生のうち、日本語や学校での勉強がわからなくて困っている子どもや、今まで暮らしていた国と日本の生活習慣の違いから、学校での生活に不安をもっている子どものために、学習支援をするための「すみだ国際学習センター」を錦糸小学校内へ開設しました。錦糸小児童への日本語指導、学習支援も行いながら、有償ボランティアとして日本語学習支援員も募って運営しているほか、母親を対象とした日本語教室も開講しています。

 学校としては教育方法も工夫し、「誰にでも使える」ユニバーサルデザインの考え方を教育に当てはめて、外国につながりのある児童も含め、全ての児童に理解しやすい指導方法を考慮したり、文科省の提言に基づくJSLカリキュラム(Japanese as a second language:第二言語としての日本語を、活用できる力を育成することを目指す)を導入しました。
 先生方も経験したことがない教育方法に直面し、大変な事だっただろうと思います。試行錯誤しながらも進めてきたことが少しずつ実を結び、平成三十年度の児童数は二百八十五名となりました。運動会も、数年前からは再び錦糸公園のグランドで行うようになっています。
 外国につながる児童も依然として40%以上在籍していますが、そのことがマイナス要因ではなく、国際色豊かな学校として共に学びあう姿が地域社会にも認められ、「錦糸小らしさ」として受け入れられたのではないでしょうか。
 現在の状況のまま行けば、2019年度には十八年ぶりの全学年二学級となるそうです。


 創立百周年を迎えるにあたり、ゆるキャラ「百周年の王 錦糸ライオン」が発表されました。この発案自体、とてもユニーク。選定方法も、各クラスからゆるキャラ案を出して、地域の方や保護者が参加するイベントで投票して決定しています。
 金色でトゲトゲがある校章から連想された、この錦糸ライオン。キャラ設定も面白く、人間のやる気のない気持ちを主食とし、普段は校帽をかぶっていて、挨拶するときには尻尾で帽子を取ります。
 これらの設定も児童たちが考えたそうです。そして、錦糸ライオンが話せる言葉は五十か国語ということも。先生たちの努力は、子供たちの間にしっかりと根付いているようですね。

 この原稿を書いていた日は四月なのに夏日となる陽気だったこともあり、ふと錦糸小まで散歩してみたら、錦糸ライオンを紹介するポスターが校門前の掲示板に貼ってありました。
 そこには英語、中国語、韓国語、タガログ語、日本語で、こう書かれています。「錦糸ライオンを好きになってください」と。



 いかがでしたでしょうか。
 錦糸町、そして我が母校と、それぞれの現状や背景をご紹介してきましたが、いよいよ次章からは「ちょっとイイ話」をお届けしていきます。
 と言いつつ、いきなり本格ミステリー風の「読者への挑戦状」をご用意しておりますので、お楽しみに。
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