斎藤  薫 ②

文字数 3,139文字

 二回目の企画会議。冒頭に、主査の松本からスケジュールが提示された。
「本企画は、来年度六月の定例議会が終了した後、プレス発表を行うことになりました。準備期間を考慮して逆算すると、年度明けの四月からはポスター制作等が主となります。したがって二月中には企画書をまとめて決済を取り、三月中に具体案を詰めていくことになります」
「かなりタイトなスケジュールだな……」横山が眉間にしわを寄せながらつぶやく。
「要は、今日の会議で出来るだけ具体的な案を煮詰めたい。前回の会議で『区の内外』に『墨田の良さ』を『SNSを使って発信する』という方向性は決まったが、まず『墨田の良さ』について意見を聞きたいんだが」

「それについて提案があります」
「何だい、鈴木くん」
「昨年度に『墨田区広報広聴戦略プラン』を策定したじゃないですか」
「その広報広聴戦略プランって何ですか?」
「田島さぁ、いくら昨年度はこの部署にいなかったからって、配属されて一年近く経つんだからちゃんと勉強しておけよ」
「……すいません」
「戦略プランの目的は、人口減少社会の到来や少子高齢化の進展が見込まれる中、自律的かつ持続的な地域の発展を目指していくための、新たな発想と手法による定住人口や観光客のさらなる獲得」
「よく覚えてますねぇ」
「俺が担当して、案文を考えたんだよ」柴田が胸を張っていった。
「その中でシティプロモーションを展開していく方針を定めたので、それに則って進めたら良いのではないかと」
「あの……シティプロ――」
「シティプロモーションとは、地域そのものの魅力を区内外に広く発信することで、区民の皆さんの愛着と誇りを醸成しながら、区外からの憧れや共感を呼び起こすことで、持続的な地域の発展を目指していく取組(と・り・く・み)
「あ、ありがとうございます」田島が頭を掻きながら、柴田に礼を言う。
「確かに、前回会議の方針と重ねる点も多いし、これを踏まえて……とした方が説得力も出るな」
「シティプロモでは『人と人とのつながり』をキーワードとして挙げています。それが『墨田の良さ』だと思うんです」
「他に意見がある人はいるかな……なければ、鈴木くんの提案でいこうと思うが」
「いいと思います」「異議なし」
「では、シティプロモを展開し『人と人とのつながり』を『墨田の良さ』とします。残るは発信方法だけど、こちらについては何か意見は?」

「単に情報発信とするのか、写真展のようにコンテスト形式にするのか、その辺は詰めなくていいですか」
「せっかくSNSを使うなら、参加型がいいと思うな」
「情報発信とするなら、前回に出た案の『すみまるくん・すみりんちゃんのつぶやき』って良いと思います」
「参加型として、写真を投稿してもらい、閲覧した人にはイイねボタンを押してもらう。その数で最優秀賞を決める、というのはどうでしょうか?」
「自由に投稿してもらうスタイルだと『スキスミ(註:墨田区が公開している、すみだの魅力発信サイト)』と被るんじゃないか?」
「あれは宣伝や募集が主だから、大丈夫ですよ」
「みなさんの良いとこ取りみたいな意見で申し訳ないんですが……」斎藤が話し出した。
「私もSNSを使った参加型がいいと思います。田島さんの案のように、投稿してもらうのには賛成ですが、閲覧した人の評価システムを作るのに時間と費用が掛かる上に組織票対策も考慮する必要が生じます。今までの写真展のように、投稿してもらったものをこちらで審査して賞を決めるのがいいと思います」
「それだと、写真展と代わり映えしないんじゃないか?」
「そこで提案なんですが、写真ではなくショートムービーを投稿してもらってはどうでしょうか?」
「なるほど、動画かぁ……」
「最近はスマホで簡単にムービー撮影もできます。本格的なものを対象にするのではなく、気軽に撮ったものを投稿してもらい、気軽に我々で賞を選ぶ。その方が敷居も低くて参加しやすいと思うんですが……」
「主査が言っていた、ちょっとしたインパクトのある企画としてはピッタリかもな」

「他に意見は?」松本がメンバーの顔を見渡す。
「無ければ、提案された三案について協議しよう。まず、鈴木くんの『つぶやき』案だが――」
「あの……参加型にするなら、その時点で私の案はボツだと思うんですが」
「いや、その点も含めて議論したい。ツイッター案もなかなか面白いと思うけれど、どうだろ?」
「ツイートする人の感性によるところが大きいんじゃないですか? あとはキャラクター自身の人気かな。公式ゆるキャラでも、フォロワーが二万とか三万とかいるらしいですからね」
「キーワードが『人と人とのつながり』だから、リツイートして回るのもいいかもしれない」
「すみまるくんにリツイートして欲しい方、大募集!とか」
「すみだの良さをツイートしておいて、他の公式キャラや区民をリツイートして回り、つながりの輪を広げる。いいじゃないですか」

「よし、それじゃ参加型の二案、田島君の写真人気投票案と、斎藤君のムービー審査案、これはどうかな」
「提案した僕が言うのもなんですが、参加型なら斎藤さんの案がいいと思います。より多くの人に参加してもらうならば、参加しやすいのが一番ですよ」
「斎藤君の案は他の自治体でもやっていない試みですよね。さっきも言ったけど、インパクトはあると思います。募集の方法が問題かもしれないけど」
「どういうことですか?」
「直接、こっちのアドレスへ送ってもらうとなると、受け手となるサーバーの総容量の問題やウイルス対策や色々と面倒だと思うよ」
「そこなんですが……」
「なんだ、検討済みなの?」
「応募者に一度YouTubeへアップしてもらうのはどうでしょう? 掲載したアドレスを添えて応募してもらえれば、横山さんが懸念する点はクリアできます」
「より多くの人に見てもらう、という点を考えても一石二鳥じゃないか!」
「参加型ならば斎藤君の案、ということでいいかな。では、発信型の鈴木案か、参加型の斎藤案、この比較にいこう」

「私も自分で提案しておきながら――なんですが、ツイート案はある程度の期間を掛けてじわじわと広げていく企画かなぁと思うんです。ツイッターの公式キャラを募集して、それが決まってから一年とか二年とか時間を掛けてつながりの輪を広げていくような。そこまで行けたらすごくいいんですが、区制七十周年を記念してというには合わない気がします」
「確かにツイート案はじっくりとやりたい企画だな。面白いんだけど」
「斎藤案はYouTubeへのアップというのもミソですよね。キーワードを同じにすれば検索しやすいし」
「斎藤案の課題は?」
「コンテスト形式にするなら、何かしら賞品があった方がいいですよね。高額なものにする必要はないけれど、墨田らしいものとか」
「地元企業の協賛を得られるか、そこは企画と並行して当たってみた方がいいと思います」
「みんなの意見として、参加型の斎藤案で行くということでいいかな?」
「はい」「これでいきましょう」

「それでは、斎藤君をプロジェクトリーダーとして今後の企画を進めよう。まずは企画書の作成を頼むよ」
「僕がですか!?」
「当然だろ、ほとんどお前の提案なんだから」「君に押し付けて逃げたりしないから、安心しな」

「しかし、残念だったなぁツイート案。あれに決まれば、すみまるくん役は田島に決まりだったのに」
「えっ、僕ですかぁ?」
「見た目もピッタリじゃないか。すみまるくんに」
「いや、あんなに(いき)じゃないですよ」
「おいおい、そこかよ」
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