第47話 カセットテープB面【13】
文字数 1,136文字
【13】
――しばらくの沈黙の後で、祖父は静かに口を開いた。
『しかし、そんな我々の奮闘にも関わらず、サイパンのB-29部隊は日増しに増強され、翌年の三月には東京大空襲が行われるのです。
我々の戦いは蟷螂の斧でしかなかったのです……。
Nの遺体は誰も見とりません。
Nは一夜にして突然我々の前から姿を消したのです。
あのときからずっと、私にはNが戦死したという実感がないのです。
今でも、あの南洋の島のどこかで嬉々として蝶を探しまわっているように思えてならんのです。
あいつとはたった一ヶ月ほどのほんの短いつき合いでしたが、あいつが私に見せた笑顔が今でも忘れられないのです……。
木更津基地に戻ってから、Nの遺品をまとめましたが、着替えの他はなんにもありませんでねぇ、風呂敷の一包みに収まってしまいました。
木更津基地で寝込んでいたとき、私は家族に何年かぶりの手紙を書いたのですがね、それをNに頼んで出してもらったのです。
運良く出撃する前に返事が届きましてねぇ、家内の手紙と一緒に写真が一枚入っておりました……。
それは、長男の五歳の節句の写真でした。五年前、私は生まれたばかりの息子を置いて台湾に出征していたのです。
あの乳飲み子がこんなになったのか! とまず驚きましてね。まあ、それから五年も経っているのですから当たり前なのですがね。
妻の手紙の「あなたの写真を見せてはトトですよ、と毎日教えています」という言葉が胸に沁みましてねぇ……。
それからは写真を肌身離さず身に着けておりました。
あいつが胸の痣を見せてくれたとき、私はNに「俺の宝物だ」と息子の写真を見せたのです。
Nは手に取ったその写真をじっと見つめておりましてねぇ……、それから、ふと呟いたのですよ、「飛曹長殿、必ず生きて帰ってください。生きてご家族のもとに帰ってください」と言って涙を見せたのです。
あいつの涙に私のほうが驚きましたが、Nはそれから、父親との思い出を話してくれましてね、「自分が蝶を好きになったのも大好きな父親の影響だった。父には、お国のために奉公していますと胸を張りたいが、母を残してきた息子を父は怒っているかもしれません」「飛曹長殿の嬉しそうな顔を見ていたら、自分がどれだけ父に可愛がってもらっていたか、そして、父がどれだけの思いを残して死んでいったのかわかったような気がします」と寂しげに言っておりました。
そのとき、私は思いました、「俺が生きて帰らなかったら、俺は息子になにひとつ思い出を残せなかった父親になってしまう、写真のなかだけの人になってしまう」とね……。
Nの言葉が、死んだ弟からの言葉のように思えましたなぁ……』
――テープの中の祖父は声を詰まらせているようだった。
――しばらくの沈黙の後で、祖父は静かに口を開いた。
『しかし、そんな我々の奮闘にも関わらず、サイパンのB-29部隊は日増しに増強され、翌年の三月には東京大空襲が行われるのです。
我々の戦いは蟷螂の斧でしかなかったのです……。
Nの遺体は誰も見とりません。
Nは一夜にして突然我々の前から姿を消したのです。
あのときからずっと、私にはNが戦死したという実感がないのです。
今でも、あの南洋の島のどこかで嬉々として蝶を探しまわっているように思えてならんのです。
あいつとはたった一ヶ月ほどのほんの短いつき合いでしたが、あいつが私に見せた笑顔が今でも忘れられないのです……。
木更津基地に戻ってから、Nの遺品をまとめましたが、着替えの他はなんにもありませんでねぇ、風呂敷の一包みに収まってしまいました。
木更津基地で寝込んでいたとき、私は家族に何年かぶりの手紙を書いたのですがね、それをNに頼んで出してもらったのです。
運良く出撃する前に返事が届きましてねぇ、家内の手紙と一緒に写真が一枚入っておりました……。
それは、長男の五歳の節句の写真でした。五年前、私は生まれたばかりの息子を置いて台湾に出征していたのです。
あの乳飲み子がこんなになったのか! とまず驚きましてね。まあ、それから五年も経っているのですから当たり前なのですがね。
妻の手紙の「あなたの写真を見せてはトトですよ、と毎日教えています」という言葉が胸に沁みましてねぇ……。
それからは写真を肌身離さず身に着けておりました。
あいつが胸の痣を見せてくれたとき、私はNに「俺の宝物だ」と息子の写真を見せたのです。
Nは手に取ったその写真をじっと見つめておりましてねぇ……、それから、ふと呟いたのですよ、「飛曹長殿、必ず生きて帰ってください。生きてご家族のもとに帰ってください」と言って涙を見せたのです。
あいつの涙に私のほうが驚きましたが、Nはそれから、父親との思い出を話してくれましてね、「自分が蝶を好きになったのも大好きな父親の影響だった。父には、お国のために奉公していますと胸を張りたいが、母を残してきた息子を父は怒っているかもしれません」「飛曹長殿の嬉しそうな顔を見ていたら、自分がどれだけ父に可愛がってもらっていたか、そして、父がどれだけの思いを残して死んでいったのかわかったような気がします」と寂しげに言っておりました。
そのとき、私は思いました、「俺が生きて帰らなかったら、俺は息子になにひとつ思い出を残せなかった父親になってしまう、写真のなかだけの人になってしまう」とね……。
Nの言葉が、死んだ弟からの言葉のように思えましたなぁ……』
――テープの中の祖父は声を詰まらせているようだった。