第61話 カセットテープB面【27】
文字数 1,129文字
【27】
飛行機ってものはね、バランスが少しでも崩れるとすぐに墜落してしまうものなんですわ。
海面から五mほどの超低空飛行をしているとき、飛行機の尾輪が少しでも波に触れただけで機は着水してしまいます。
雷撃の際に魚雷を無事撃ち込んで回避機動に入った時に、主翼の先端が波に触れただけでも機は落ちてしまいます。
敵艦の砲撃に直接被弾しなくても、付近の海面に着弾し大きな水柱が上がれば、その水柱に当たって機はたちまち墜落してしまうのですわ。
中攻の場合、爆撃は高高度の水平爆撃が基本でしてね、偵察員の照準に合わせて飛行機が動いてくれますから、ほとんど恐怖心は感じないのですがね、雷撃の場合、魚雷の発射ボタンは操縦員が押すので、偵察員は機首のガラス風防の前方銃座に陣取って、機銃を構えながら目標までの距離を目測で計り発射タイミングを操縦員に知らせるのです。
「方位角九十度 ヨーソロ」「距離二五○○」「二○○○」「一五○○」「投下!」「投下!」こんな具合です』
――話の途中で、祖父は大声を張り上げた。
カセットデッキのスピーカーに耳を近づけて祖父の話に聞き入っていた私は息が止まるほど驚いた。
それは生前の祖父の口からは聞いたことのない声だった。
祖父が軍人であったことを改めて思い知らされた気がした。
『我が機が敵空母めがけて突入しているとき、敵の艦隊から間断なく発射される曳跟弾の火矢の束が、風防の真正面から雨霰のようにこちらに向かってくるのです。
自分の命はもう操縦員まかせ、飛行機まかせなんですわ。私は前方機銃の引き金を引き、敵艦の甲板めがけて無我夢中で機銃を打ち込むのです。
無駄弾を撃たんようにしようと思っても、引き金から指が離れんのです。
爆撃の際は尾部銃座が一番危険なのですが、雷撃の際は前方銃座が一番危険なんですわ……。
魚雷が発射されると一瞬機体が浮きます。
雷撃は突入から退避までたった二分です。この二分の間に墜ちる飛行機もあれば生還する飛行機もあるのですわ。
その生死を分ける二分がそれは長く感じられましてねぇ……、私はこの長い長い二分を何度も何度も経験するはめになりました……。
そして、どんな運だったのでしょうか? 私は死なずにこうしておるのですわ。
満身創痍の愛機と我々がなんとか鹿屋基地まで辿り着き、そこでS中尉の戦死を知ったとき私は心に誓いました。
〈中尉の言葉を胸に刻み、天命尽きるまでは生き抜こう、たとえ国破れこの身が虜囚となろうとも、命あらばまた奉公の機会ありと肝に銘じ生き抜こう〉と……』
――突然、リビングの掛け時計がメロディーで時間を告げた。
我に返ってごくりと唾を呑み込むと、喉元に熱い塊が詰まっているような気がした。
飛行機ってものはね、バランスが少しでも崩れるとすぐに墜落してしまうものなんですわ。
海面から五mほどの超低空飛行をしているとき、飛行機の尾輪が少しでも波に触れただけで機は着水してしまいます。
雷撃の際に魚雷を無事撃ち込んで回避機動に入った時に、主翼の先端が波に触れただけでも機は落ちてしまいます。
敵艦の砲撃に直接被弾しなくても、付近の海面に着弾し大きな水柱が上がれば、その水柱に当たって機はたちまち墜落してしまうのですわ。
中攻の場合、爆撃は高高度の水平爆撃が基本でしてね、偵察員の照準に合わせて飛行機が動いてくれますから、ほとんど恐怖心は感じないのですがね、雷撃の場合、魚雷の発射ボタンは操縦員が押すので、偵察員は機首のガラス風防の前方銃座に陣取って、機銃を構えながら目標までの距離を目測で計り発射タイミングを操縦員に知らせるのです。
「方位角九十度 ヨーソロ」「距離二五○○」「二○○○」「一五○○」「投下!」「投下!」こんな具合です』
――話の途中で、祖父は大声を張り上げた。
カセットデッキのスピーカーに耳を近づけて祖父の話に聞き入っていた私は息が止まるほど驚いた。
それは生前の祖父の口からは聞いたことのない声だった。
祖父が軍人であったことを改めて思い知らされた気がした。
『我が機が敵空母めがけて突入しているとき、敵の艦隊から間断なく発射される曳跟弾の火矢の束が、風防の真正面から雨霰のようにこちらに向かってくるのです。
自分の命はもう操縦員まかせ、飛行機まかせなんですわ。私は前方機銃の引き金を引き、敵艦の甲板めがけて無我夢中で機銃を打ち込むのです。
無駄弾を撃たんようにしようと思っても、引き金から指が離れんのです。
爆撃の際は尾部銃座が一番危険なのですが、雷撃の際は前方銃座が一番危険なんですわ……。
魚雷が発射されると一瞬機体が浮きます。
雷撃は突入から退避までたった二分です。この二分の間に墜ちる飛行機もあれば生還する飛行機もあるのですわ。
その生死を分ける二分がそれは長く感じられましてねぇ……、私はこの長い長い二分を何度も何度も経験するはめになりました……。
そして、どんな運だったのでしょうか? 私は死なずにこうしておるのですわ。
満身創痍の愛機と我々がなんとか鹿屋基地まで辿り着き、そこでS中尉の戦死を知ったとき私は心に誓いました。
〈中尉の言葉を胸に刻み、天命尽きるまでは生き抜こう、たとえ国破れこの身が虜囚となろうとも、命あらばまた奉公の機会ありと肝に銘じ生き抜こう〉と……』
――突然、リビングの掛け時計がメロディーで時間を告げた。
我に返ってごくりと唾を呑み込むと、喉元に熱い塊が詰まっているような気がした。