第23話 カセットテープA面【17】

文字数 1,452文字

【17】

 そして年が明けて昭和十九年、二月中旬にトラックが敵海軍機動部隊の大空襲を受けるんですわ。
 敵が、我が方の索敵や哨戒の裏をかいてトラックに奇襲をかけてきたという報をテニアンで聞いた私は、〈まさか、連合艦隊の拠点であるトラックが空襲されるとは……〉と大きな衝撃を受けました。
 トラックというのは巨大なサンゴ礁に囲まれた諸島でね、日本が統治してから、その島々に春島、夏島、秋島、冬島、月曜島、水曜島、日曜島などと名付けましてね、そのうちの春島が海軍の一大拠点だったのです。
 サンゴ礁の内海が連合艦隊の泊地になっておりましてね、当時は戦艦武蔵が旗艦であった主力艦隊と空母艦隊が停泊しておったのです。
 二月の初めに敵の偵察があり、これは大規模な攻撃が近いのではないかと、主力艦隊は事前にパラオに避難しており難を逃れたのだそうです。ちなみに、当時のパラオはトラックに次ぐ海軍の拠点だったのですわ。
 トラックへの奇襲攻撃で、海軍の基地施設はほぼ壊滅し、配置されていた飛行機は戦闘機も攻撃機もほぼ全滅、我が分遣隊が派遣した一式陸攻も全滅したと聞きました。そればかりか、補給されたばかりの最新の零戦五二(ごおにい)型一〇〇機すら一度も飛ぶことなく全滅したそうですわ』

 ――祖父の咳払いが聞こえた。勢い込んでしゃべりすぎたせいだろう。
 若い記者は必死にメモを取っている様子で、祖父の話し声の他には、ときたま衣擦れの音やガタンという物音がするだけだ。

『その空襲の直後、テニアンに駐留していた我が攻撃飛行隊に、敵空母を追撃して夜間雷撃せよとの出撃命令が出されたわけです。
 そこで十七日深夜、一式陸攻五機で出撃したのですが、そのなかの一機に私は搭乗しておりました。
 その晩は月齢二十数日で、月明(げつめい)は充分でしたが下弦の月でした。
 テニアン上空は晴れておりましたが、トラック上空では雲が多くなって下弦の月が隠れてしまい、トラックの北東一五〇浬あたりで編隊飛行が困難になりましたので、各機散開して索敵しながら見敵次第攻撃することにしたのです。
 夜間雷撃の際には、いち早く敵艦を発見し照明弾を放って敵艦の存在を僚機に知らせる触接機(しょくせつき)が随伴するのですがね、その照明弾が運良く我が機の前方で光りましてね、雲間から三艦隊ほどの敵機動部隊認めましたので、我々は中央の空母らしき艦艇に狙いを定めました。
 雷撃というのは、敵艦に肉薄し船底に魚雷を撃ち込む攻撃ですが、低空飛行でどれだけ敵艦に肉薄するかが成否を決めるんですわ。
 また、軍艦というのは魚雷一本では簡単に沈みませんのでねぇ、雷撃で沈めるためには、編隊が揃って敵艦を挟み撃ちにしたり、左舷右舷のどちらかに魚雷を集中させるという連携攻撃が必要なんです。しかし、そのときは単独攻撃となってしまいましたので、船尾を狙って舵を破壊し航行不能にさせる作戦をとることにしました。
 いずれかの僚機が第一弾を放ったのでしょう。
 それを契機に敵駆逐艦の対空砲火がはじまりました。
 まさに雨あられのような弾幕でね。
 しかし、もう攻撃態勢に入ったら最後、攻撃機は否応なくその弾幕の中に突っ込んでいくしかないのです。
 我々は海面すれすれに敵空母に肉薄し船尾にむけて魚雷を発射しましたが、その後も敵艦は回避行動を続けていたので、命中しなかったことがわかりました。
 機が反転したとき、別の空母から火柱が上がっていたのが見えましたので、僚機のいずれかの雷撃が成功したのだと思いました』

『磯崎さんは、すごい体験をされたのですねぇ』


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み