第56話 カセットテープB面【22】

文字数 1,089文字

【22】

 その後、サイパンや硫黄島が陥落した頃には、敵は一回の攻撃に二百機から三百機の艦載機の大編隊を繰り出してきたのですわ。
 しかも、その規模で三回、四回と波状攻撃をしかけてくるのです。
 こちらは二十機から多くても四十機ほどの零戦で迎撃するのですが、仮にこちらに空戦の技量がどれほどあったとしても、こんな戦力差ではもはや統計学上の問題で勝ち目はありませんからまったく勝負にならず、パイロットも飛行機もただただ損耗していくばかりなのです……。
 これまでひたすら、飛行兵の錬度と職人技でなんとか持ちこたえていたというのに、その肝心のベテランが次々と死んでゆき、訓練も満足に受けていない新米飛行兵が最前線に駆り出されていくのですから勝負になりませんわな。
 マリアナ沖海戦では、最新鋭の大型空母大鳳が撃沈されたと申しましたが、これは敵潜水艦から、たった一発の魚雷を喰らったのが原因なんですがね、実はその雷撃による被害は直ちに復旧していたのだそうです。
 しかし、その後の処置が悪く、漏れ出したガソリンの気化ガスが充満し、それに引火して大爆発を起し沈没したというのです。
 本来なら、戦闘配置で締め切っていた艦内のハッチをすべて開放し、気化ガスを逃がさなければならなかったのに、乗員の錬度が浅く、そうした処置を現場で直ちに行うことができなかったそうなのです。
 ベテランの兵士がいなくなるということは、こういうことなんでしょうなぁ。
 後で調べて分かったことなのですがね、太平洋戦争では日米の海軍が約七十もの海戦を繰り広げたのですが、その中で、航空兵力が参加しなかった純然たる艦艇同士の海戦では、ほぼ日本側が勝利しているのですわ。
 日清・日露の大きな海戦で勝利してきた帝国海軍の伝統はきちんと受け継がれていたのです。
 しかし、空母と航空兵力による近代海戦に先鞭をつけた日本が、逆にそっくりそのままアメリカにお株を奪われ、散々叩きのめされるんですから、皮肉なもんですわ……。
 私たちはあの時代「いざとなれば死ね」と叩き込まれてきました。
 「アメリカ兵は命を惜しむ軟弱者だ」と教わり、「死ぬことが軍人の本懐」だと本気で思っていました。
 しかし、私はあの日のS中尉の言葉で目が覚めたのです。
 そのとき私は中尉の「今は生還をのみを考えよ。命有らばこそ、また奉公の道もある! 命も機も無駄にするな!」という一喝を耳にしながら、「ああ、アメの奴らは、きっとこんな気持ちで戦ってるんだろうな。これでは、俺たちがいくら死んだところで勝てんわな。お偉いさん方は本当に勝つ気があるんじゃろか?」とふと思ったのです。
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