第6話 プロローグ【5】

文字数 963文字

【5】

 前期試験の直前に、青森くんだりまでやってきたのは、元教え子が世話役となっている市民セミナーの講師を頼まれたからだった。
 一日限りの代役でどんな内容でも構わない、と聞いて引き受けたのだ。

 せっかく青森まで行くのだし、講義の素材として寺山を取り上げるのだから、前乗りして三沢まで足を延ばし寺山修司記念館を訪ねてネタを仕入れ、また、三沢に住むという旧友にも会いたいと思っていたのだが、やはり時間的に無理だった。

 中学、高校とバスケットボール部のチームメイトだった旧友とは、八年前に「二度目の成人式」と銘打った同窓会で会ったきりだった。
 その男は、郷里を遠く離れた東北の太平洋岸にあるその街に暮らしているのだが、私はこれまで青森市には何度か足を運んだことはあるものの、そこから在来線で何駅か南下するという三沢市を訪れたことはなかった。

 また、受け持ちのゼミで「日本文学の精神を英訳する」というテーマで赤黄男の俳句や寺山の短歌を素材にしていたが、高校時代、『書を捨てよ、町へ出よう』に感化され「寺山式不良少年」を気取っていた私にとって、寺山が少年期を過ごしたという三沢は以前から気になる場所ではあった。

 飛行機で直接三沢に入っていればスケジュールを組めないこともなかったが、私は飛行機が嫌いなのである。
 正直にいえば、飛行機に乗るのが怖いのだ――。
 
 翌日、自宅に届いたレターパックには、封筒が一封と古びたカセットテープとが入っていた。
 そのラベルには、『一九八七年八月・蝶の画家インタビュー』とマジックで書かれていた。

〈ああ、ジイちゃんの画のことか……〉

 便箋を開くと、綺麗なペン字が並んでいた。

【――お送りさせていただきましたテープは、生前の夫より託されたものでございます。
 そのとき夫から遺言として「かけ出しの頃、この人に出会わなかったら、今の自分はなかった。いつかいつかと思いながら、ご家族に渡しそびれていたものだから、おまえからお渡ししてくれ」と申しつけられましたので、まことに不躾なことと存じましたが、貴社宛に郵送させて頂きました。
 なにとぞお収め下さいますようお願いいたします。】

 こんな手紙を読んでしまったら、放っておく訳にもいかない。

〈リサイクルショップにでも行って、中古のカセットデッキをみつけてくるか……〉
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