第34話 カセットテープA面【28】

文字数 1,196文字

【28】

『あなた、さすがは新聞記者、よくご存知だ! その通りです。
 法案が通過したのはケネディが暗殺されたあとですがね。一九六四年、昭和三十九年ですから、ついこないだのことなんです。うちの上の孫が生まれた年ですわ。
 アメリカで黒人たちが、まがいなりにも公民権を得たのはたったの二十四年前のことなんですな……。 
 それ以前のアメリカの黒人は、さすがに奴隷の身分からは解放されておりましたが、人種隔離政策の中で雇用均等の機会も与えらず、南部では選挙投票も妨害されていたのですわ。黒人だけでなく、先住民族であったアメリカインディアンも同様でした。
 ですから、大東亜戦争当時、アメリカ軍に黒人兵士はもちろんおりましたが、その数はごくわずかで、白人兵とは隔離され、厨房の仕事とか弾薬運びとか、そういう下働きばかりをさせられていたんですがね、総力戦の戦争宣伝のために、黒人ばかりの部隊を作ったり、あの硫黄島の擂鉢山に星条旗を立てた兵士のなかにアメリカインディアンの子孫を意図的に入れて写真撮影したのだそうですわ……。
 ことほど左様に、当時のアメリカは差別大国だったのです。なにが、自由と平等と平和ですか! 
 十九世紀頃まではヨーロッパが世界の中心でした。
 欧州列強は自国を一等国と称し、アメリカでも二等国、日清戦争に勝利したとはいえ黄色人種国家の日本など三等国と称されておりました。
 その後アジア唯一の列強となった日本でしたが、欧米列強からは様々な偏見や差別を受けておったのです。
 しかし、それを跳ね返そうとした日本であったのに、自国が統治した国や地域の民衆を二等国民・三等国民と称して差別したのです。
 それは日本の大きな過ちでした。私には、その因果が現在の日本に返ってきていると思えてなりません』

『今、親子関係の歪や家庭内暴力が問題になっておりますが、親から虐待を受けた子供は自分が親になったときに、虐待する親になることが多いという研究結果があるそう。それと同じことなんでしょうか?』

 ――記者は、この男にしては珍しく気の利いた応答をした。

『ふむ、それは興味深い話ですな。
 たしかにそうかもしれませんなぁ。人間とは、良きにつけ悪しきにつけ、自分がされてきたことを他人にもしてしまう生き物なのでしょう。
 そうそう、子供といえばね、戦後、占領軍から「日本人の精神年齢は十二歳並みだ」という言葉が出て、それが一種の流行語のようになったことがありましたなぁ。
 たしかに、老練で狡猾で権謀術数に長けた欧米列強が大人だとすれば、当時の日本は幼く拙い十二歳の少年であったことは間違いないでしょうなぁ……。
 あ、いやいや、かなり話が脱線してしまいましたな。申し訳ない、申し訳ない』

 ――そこで百二十分のカセットテープのA面が終わった。
 私は、デッキからカセットを抜き取るのももどかしく急いで裏返し、B面をセットした。
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