第122話 足跡を辿って【11】
文字数 1,169文字
【11】
次の手記は整備員だろうか?
これも若い兵士の体験だが、地上にいて空襲を受ける側の恐怖が端的に表されている。
【 昭和二十年七月十四日。
空はまだ明けきっていなかった。
ズッシーン、ズッシーン、腹わたを抉るような連射音が東の方で響いた。
今まで聞いたことのない重い爆発音だ。
「空襲?」咄嗟に飛び起きた。
同時に「総員起し!」「空襲!」「退避!」の連続した号令が耳をつんざいた。
服を着るのももどかしく、兵舎の外に駆け出した。途端に基地上空の方から凄まじい機銃音が響き、ガーッと大鷲の様な機影が頭上を掠めた。
「伏せろ! 固まるな!」遠くで班長の声だろう。
また一機飛行場を這うように舞い降り、機銃掃射しながら迫ってくる。
壕に飛び込む余裕はない。
咄嗟に俺は目の前の樫の茂みに蹲った。
火のような連射が来た。
オレンジ色の曳光弾が、すべて俺に向かって跳ねてくるように見えて死の恐怖が俺を襲った。
夢中で樫の木の根元に顔をおしつけひれ伏した。
やがて静まったとき、俺は伝令当直だったことを思い出した。
怖くなった俺は本部の方に向かって駆け出した。
草原を横切らねばならない。
そのとき背後に轟音が響いた。
頭上を飛び越えていった敵機がパッと二条の火炎を吐いた。
掩体壕の一式陸攻が轟然と爆発炎上、火柱を吹き上げた。
敵機の狙いは、昨夜夜中まで苦労して掩体壕に押し込んだ一式陸攻だった。
続いて轟然と舞い降りてきた敵機が頭上を掠めたとき、見上げたら鼻の高い天狗のような真っ赤な顔のパイロットがはっきりと見えた。
その眼は獲物を狙っていた。
翼の下からパッと二条の白煙を吐いて鋭い矢がほとばしった。
ロケット弾だ。
白い矢は掩体壕の内部に突き刺さり、爆発音と火柱が吹き上がった。
もくもくと吹き上がる黒煙のなかでもがき苦しむように、エンジンの頭がガックリと落ちた。
勇士の無残な最期が眼に焼きついて離れなかった。
その日終日防空壕暮らし。
翌日基地の整備作業に行った。
無残だった。
壕に這入りきれず已むなくネットをかぶせて、草木を差し込み偽装しておいた機は無傷だった。
前夜苦労して壕に押し込んだのは何の為だったのかと、がっかりした。
毎日、必死に訓練に明け暮れていた先輩搭乗員の一団が、飛行服のまま、目の前を無言で通り過ぎていった。
愛機を失い生死の境を彷徨い、憤懣やるかたなく一升瓶を片手にガブ呑み、よろめく仲間を支えるようにして去っていった。
敬礼も忘れて見送った。
予科練平和記念館 歴史調査員 戸張 礼記 】
この文章の最後の三行に、祖父の無念さをにじませた口ぶりが重なった。
【憤懣やるかたなく一升瓶を片手にガブ呑み、よろめく仲間を支えるようにして去っていった】
という一団の中に祖父の姿があったのかもしれない――。
次の手記は整備員だろうか?
これも若い兵士の体験だが、地上にいて空襲を受ける側の恐怖が端的に表されている。
【 昭和二十年七月十四日。
空はまだ明けきっていなかった。
ズッシーン、ズッシーン、腹わたを抉るような連射音が東の方で響いた。
今まで聞いたことのない重い爆発音だ。
「空襲?」咄嗟に飛び起きた。
同時に「総員起し!」「空襲!」「退避!」の連続した号令が耳をつんざいた。
服を着るのももどかしく、兵舎の外に駆け出した。途端に基地上空の方から凄まじい機銃音が響き、ガーッと大鷲の様な機影が頭上を掠めた。
「伏せろ! 固まるな!」遠くで班長の声だろう。
また一機飛行場を這うように舞い降り、機銃掃射しながら迫ってくる。
壕に飛び込む余裕はない。
咄嗟に俺は目の前の樫の茂みに蹲った。
火のような連射が来た。
オレンジ色の曳光弾が、すべて俺に向かって跳ねてくるように見えて死の恐怖が俺を襲った。
夢中で樫の木の根元に顔をおしつけひれ伏した。
やがて静まったとき、俺は伝令当直だったことを思い出した。
怖くなった俺は本部の方に向かって駆け出した。
草原を横切らねばならない。
そのとき背後に轟音が響いた。
頭上を飛び越えていった敵機がパッと二条の火炎を吐いた。
掩体壕の一式陸攻が轟然と爆発炎上、火柱を吹き上げた。
敵機の狙いは、昨夜夜中まで苦労して掩体壕に押し込んだ一式陸攻だった。
続いて轟然と舞い降りてきた敵機が頭上を掠めたとき、見上げたら鼻の高い天狗のような真っ赤な顔のパイロットがはっきりと見えた。
その眼は獲物を狙っていた。
翼の下からパッと二条の白煙を吐いて鋭い矢がほとばしった。
ロケット弾だ。
白い矢は掩体壕の内部に突き刺さり、爆発音と火柱が吹き上がった。
もくもくと吹き上がる黒煙のなかでもがき苦しむように、エンジンの頭がガックリと落ちた。
勇士の無残な最期が眼に焼きついて離れなかった。
その日終日防空壕暮らし。
翌日基地の整備作業に行った。
無残だった。
壕に這入りきれず已むなくネットをかぶせて、草木を差し込み偽装しておいた機は無傷だった。
前夜苦労して壕に押し込んだのは何の為だったのかと、がっかりした。
毎日、必死に訓練に明け暮れていた先輩搭乗員の一団が、飛行服のまま、目の前を無言で通り過ぎていった。
愛機を失い生死の境を彷徨い、憤懣やるかたなく一升瓶を片手にガブ呑み、よろめく仲間を支えるようにして去っていった。
敬礼も忘れて見送った。
予科練平和記念館 歴史調査員 戸張 礼記 】
この文章の最後の三行に、祖父の無念さをにじませた口ぶりが重なった。
【憤懣やるかたなく一升瓶を片手にガブ呑み、よろめく仲間を支えるようにして去っていった】
という一団の中に祖父の姿があったのかもしれない――。