第20話 カセットテープA面【14】

文字数 1,213文字

【14】

『蝶の画の話にはまだまだ時間がかかりますが、よろしいですかな?』

『はい、興味深く伺っております。お願いします』

 ――なかなか画の話をはじめない祖父につき合わされてる記者が可哀想になってきた。

『昭和十八年の十一月、高雄航空隊からテニアンに分遣隊を出すことになりましてね、分遣隊本隊はテニアン、そのうちから哨戒任務に当たる一式陸攻一〇機がトラック諸島の春島に配置され、私はテニアンの本隊勤務となったのです。
 日本とオーストラリアの中間、ここにサイパンとテニアンが並んでおりますが、それを頂点にして三角定規を置いて十六時方向へ約五四〇浬・一〇〇〇㎞ほどにトラック、二十時方向へ約七五五浬・一四〇〇㎞ほどにパラオ、という配置ですかな。分かりますか? ここと、ここです。
 先ほどの話のダーウィンは、オーストラリアの中央の半島の突端のここです。ここから北西約三〇〇浬にチモール島、南東約一七〇〇浬にガダルカナル島、ここと、ここです。ガダルカナルから北西約五五〇浬に、ほら、ニューブリテン島のこの突端が、海軍航空隊の一大拠点のあったラバウルです』

『ここと、ここですね。はい、よく分かります。
 ところで……、こうして地図を眺めてみると、次第に戦域が北に移っている気がしますが……』

 ――テーブルを挟んで、鳩首して地図を眺めている祖父と記者の姿が思い浮かぶような気がした。

『あなた、いいところに気づきましたな。その通りです。
 この南太平洋を起点にした戦線が、年々日本本土に近づいていったということなんですな……。
 日本はアメリカの猛攻をどうしても抑えることができず、ずるずると土俵際まで押し込まれていったのですわ』

『なるほど、そういうことなんですね。よく分かりました。
 しかし、それにしても広大な戦域ですが、日本軍はなぜこんなにも戦線を拡大していったのですか?』

『ふむ、それには諸説ありますがね、理由のひとつには、山本長官が日本本土への空襲が行われる事態を極端に恐れていたことが挙げられるようですな。
 仮に首都東京に対する空襲が行われれば、陛下に対して恐れ多いばかりではなく、大多数の国民が恐慌に陥って海軍への批判が高まり、ひいては戦争継続が困難になると考えておられたそうですわ』

『なるほど。それが、終戦近くなってB-29の大空襲として実現してしまうわけですね』

『いやいや、終戦間際どころか、昭和十七年の四月にアメリカ軍は日本本土の空襲を行っていたのです。その空襲によって太平洋岸の大都市が軍民合わせて相当な被害を受けておるのですよ』

『えっ! それはまったく知りませんでした』

『ドーリットル空襲といいましてね、敵さん、空母二隻からB-25という中型爆撃機を発艦させるという離れ業を行いまして、その爆撃機十六機で東京はおろか、横浜、名古屋、神戸、大阪を空襲したのですわ』

『でも磯崎さん、さきほどは中型爆撃機は空母からは発着できないと……』
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