第94話 三沢【11】

文字数 705文字

【11】

 その日は平日だったが、夏休みに入っていることもあり、三沢航空科学館は家族連れで賑わっていた。
 館内には子供向けの体験コーナーが併設されているようで、その一角から子供らの歓声があがっていた。
 私は、展示場を横切り足早に別棟の特別展示場に向かった。
 まず一刻も早く、戦時中の姿そのままの実機を目にしたいと思った――。

 特別展示場の格納庫に据え置かれた陸軍一式双発高等練習機・キ-54は、想像以上に大きく見えた。
 錆びついた残骸を並べただけの展示かと思っていたが、眼前にあるのは、残骸や部品の数々を可能な限り組み立て、原型に近い形で復元された機体だった。
 平成二十四年秋、十和田湖から引き揚げられ七十年の眠りから覚めたという、その鈍色の機体は静かな威容を湛えていた。

〈でかいな。でも、これで全長十二mなんだろ? 一式陸攻はこの二倍もあるのかぁ?〉

 機体全体の灰色の塗装も、鮮やかな日の丸の塗装も当時のままだという。
 「低温の淡水湖の湖底に沈んでいたことが機体の劣化を遅らせた」と説明書きにあった。

〈昭和十八年九月二十七日、訓練飛行中に墜落ねぇ……。ジイちゃんが、テニアンに転勤したのが昭和十八年の十一月って言ってたよな……〉

 搭乗員四名のうち一名だけが、付近の湖上でヒメマス漁をしていた地元民に救助され一命を取り留めたが、救助した地元民は一ヵ月後に応召され間もなく戦死したという。

〈戦闘で命を落とす者もいれば、訓練で命を落とす者もいる、人の命を助けながらも、数ヵ月後には戦場で命を落とす人もいる、ジイちゃんみたいに、何度も死地に赴きながらも命を長らえる人もいる……。まったく、人生や運命ってのは様々だな〉
 
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