第41話 カセットテープB面【7】

文字数 1,195文字

【7】

 トラックにいた頃、実は私はB-29の実機を目撃しているのです。
 うんざりするほど見慣れたB-24とは比べものにならないほど大きくて細長い四発機の編隊が、未塗装の銀色の機体をキラキラと輝かせて北へ向かって飛んでいったのです。
 〈あれはサイパンに展開する新型の超重爆だな。とうとう本土空襲か……〉と地団太を踏みながら空を見上げておったのですわ……。

 ――で、五日ほど寝て私はすっかり良くなり、ようやく搭乗機の練成飛行に参加することになりました。
 ペアのなかでは私が最古参でしたし、Nのように九歳も下のような若者ばかりでしたから、何かと頼りにされましてねぇ、それにいったい誰が言い出したものか、私には「死なない飛曹長」とあだ名がついていたようで、新兵の間では私が乗った一式は墜ちないという噂が流れているとNが教えてくれました。
 南洋の浦島太郎はたしかに生きて帰ってはきましたが、八ヶ月は空きっ腹を抱えながら、トラックの上空を我が物顔に飛ぶ敵機の腹をただ見上げていただけなんですがね……。
 出撃は月齢から十一月下旬と決まっていました。
 私は五日も寝ていたので訓練は十日ほどしか残っていません。
 私は主操に回避機動の訓練を何度もやってもらいました。
 急降下や横滑り飛行を繰り返し、搭乗員にもそんな激しい機動のなかでも持ち場の任務が遂行できるように慣れさせました。
 そんな訓練でもNは飛行酔いもせず飄々としておりましてね、練成飛行の際にも、あの小さな手帳を飛行服の腿のポケットに入れておって、「自分のお守りであります」と笑っておりましたよ……。
 私の故郷(くに)では「蝶は仏の使い」とか「お盆には、仏様が蝶に乗って帰ってくる」と言われておりましてね、まさかNが弟の生まれ変わりとは思いませんでしたが、なんとなく、Nの胸の痣のことが気になりましてねぇ、出撃直前の非番の日に、「失礼な話じゃが、おまえの胸には大きな痣があるようじゃが……」と水を向けたのです。
 するとNは、まったく意に介さぬ様子で「はい、あります。自分ではオオムラサキの形に似てると思い、自慢の痣であります!」と言い、開襟シャツの裾をガバッとめくってその痣を見せたのですわ。
 たしかにそれは、大きな蝶が羽を広げたような形に見えました。
 Nはそのとき、ニコニコしながら「今は赤痣ですが、子供の頃は青痣でした。自分は、この胸のオオムラサキを空に飛ばしてやりたいと思い、飛行兵に志願したのであります!」と、普段は物静かな男が快活にいうんですな。これには正直驚きました……。
 あいつは、ひょろっとして線が細いように見えて、鈍いというか図太いというか、肝っ玉のすわったところがある奴でしたなぁ……』

『Nさんは、その十一月の出撃で戦死されたのですか?……』

『ここからの話は、また長くなりますが、よろしいですかな?』

『はい、もちろんです! お願いします』
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