第86話 三沢【3】

文字数 1,065文字

【3】

 雲ひとつない蒼天の真上に夏の太陽が輝いていたが、その輝きは心なしか(はかな)げだったし、頬をかすめる風はその芯にひんやりとした感触を含んでいた。
 私はレンタカーのカーナビに「三沢市立病院」と入力し、三沢空港を後にした――。

 大学のなにやらかにやらを片づけ、夏休みを待って三沢に向かう前に、私はまず旧友の青地に電話を入れた。
 青地とは同窓会で会ったときに携帯番号を交換したものの、年賀状のやりとりをするだけで電話で話したことはなかった。
 「近いうちに遊びに行く」と言いながら、私のほうが離婚やら病気やらでごたごたしているうちに口約束から八年も経っていた。

 何度か電話をしてみたが、留守番電話になっていて青地は出なかった。
 〈つながってはいるのだから携帯の番号を変えてはいないはずだが……〉と少々不審に思っていると、翌日青地から電話が入った。
 青地は、「二三日前から入院していて検査が続いて返事できなかった」と言った。
 青地があっけらかんと口にしたのは私と同じ病気だった。

 私の場合は切って取ってしまえばなんとかなるもので、五年経ってもなんとか再発せずにいるが、青地の場合は病巣が手術の難しい箇所にあるらしかった。
 声はしっかりしていたので、「三沢に行くが、会えるか?」と聞くと、「案内はできないが、病院でよかったらぜひ会いに来てくれ」という返事だったので、私はいの一番に青地を訪ねることにしたのだ。

 青地は、高校を卒業してから航空自衛隊に入り、戦闘機パイロットになった男だ。
 私とは中学高校のバスケットボール部のチームメイトで、高三のとき『トップガン』を一緒に見に行き、ブラックのMA-1を買ったのが青地なのだ。
 私がその映画にかぶれたのは一時の気の迷いだったが、青地はかぶれたまま初志貫徹して本物のパイロットになった。
 青地は三沢基地に長らく勤めその地で退職した。
 三沢で知り合った女性と結婚して婿入りし、その家業を継いだのだ。
 同窓会であったときは、街中(まちなか)にあった酒屋を廃業して郊外にコンビニを開いたばかりだ、と言っていた。
 青地は彼の旧姓なのだが、私は昔からのあだ名でアオと呼び、彼は私をジュンと呼んでいた――。


 カーナビが指し示すのは田圃のなかの一本道である。
 それは、さすがにあぜ道ではなく立派な舗装路なのだが、とにかく周りは田圃しかない。〈こんなとこに病院があるのか?〉といぶかりながらハンドルを握っていると、遠目に病院らしき建物が見えてきた。
 それは、新築らしいモダンなデザインで、かなりの規模の総合病院に見受けられた。
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