第105話 三沢【22】

文字数 1,052文字

【22】

 戦争の定義では、総戦力の三十%が死傷すれば「全滅」とされているそうだが、そんな数字を考慮すれば、十三%の撃墜という数字はアメリカ側にとっては看過できる状況ではなかったはずだ。
 一機二憶二千億円以上の爆撃機が、日本側の攻撃で五百機が喪失しているのである。
 金額にすれば、それだけでも一千億円以上の損失なのだ。

 ノートに書き写した資料に、当時のアメリカ陸軍航空隊のトップが、部下のB-29爆撃集団の司令官に送った手紙というものがある。

【私はB-29がいくらか墜落することは仕方ないと思っている。しかし、空襲のたびに三機か四機失われている。この調子で損失が続けば、その数は極めて大きなものとなるだろう。
 B-29を戦闘機や中型爆撃機やB-17フライング・フォートレスと同じようにあつかってはならない。B-29は軍艦と同じように考えるべきである。原因を完全に分析もせずに軍艦をいっぺんに三隻、四隻と損失するわけにはいかない。】

 彼らは戦闘による撃墜の他、故障や事故によって二百機のB-29を失っている。
 そのような喪失が、総数の五%以上も発生しているということは異常事態である。
 日本側からすれば畏怖の対象でしかなかったB-29だが、実はそれは、開発当初から致命的な欠陥ともいえるエンジントラブルを常に抱えていた機体だった。
 実際、試作二号機はシアトル上空をテスト飛行中にエンジンから出火、機体が炎上したまま市内の五階建てのビルの屋上に激突しビルが倒壊するという大惨事を引き起こしている。

 しかし、彼らはそれでも日本を降伏に追い込むためにはB-29を量産し出撃させるしかなかった。
 それだけ日本の本土防衛における抵抗が頑強であり、彼らは日本本土進攻にあたって、かなりの犠牲が出ることを恐れていたのではないだろうか? 
 当時アメリカは、重大な欠陥を抱えた新型爆撃機を見切り発車のままで量産し、戦争の行方を賭けたと言えるのだろう。

 B-29爆撃集団司令官であり、東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイの回想録の中に、興味深い一節があった。

【当初一九四六年の初めに予定していたマリアナ進攻は、一九四四年なかばのB-29全力生産の時期に合致させるよう、話が進んだ。】

 当時アメリカ側はマリアナ進攻を昭和二十一年と予定していたのだ。
 それが新型爆撃機の登場で二年も早まることになり、結果、太平洋戦争の終結をも早めた。
 このB-29という怪物は、兵器でありながら重要な作戦を変更させ、戦争そのものを変えたのだ――。
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