第89話 三沢【6】

文字数 928文字

【6】

「へぇー、なるほどねぇ……。
 その航空学生から正式なパイロットになるまで何年かかるんだ?」

「最短で、五年だ」

「五年もか? そんなにかかるのか……」

「当たり前だ。
 一機、三十億もする戦闘機を無事に乗りこなすパイロットを育成するには、そのくらいかかるんだ」

「一機、三十億?」

「ああ、それだって、もう退役したF-1の値段だがな。
 現役のF-2は百二十億だぞ」

「へぇーっ! 戦闘機ってのは高価なものなんだな。しかし、そんなに高いとはな……。
 で、アオはなんの戦闘機に乗ってたんだ?」

「F-1さ。名目上は支援戦闘機ってことになってはいたが、実際には攻撃機だ。
 空戦主体の戦闘機じゃない。
 まあ、おまえにこんなこと話しても分からないだろうがな……」

 私は青地のその話を、まるでデジャヴュのように感じながら聞いていた。

「なるほど、攻撃機ねぇ……。
 そのF-1はいつ退役したんだ?」

「全機退役したのが平成十八年。
 三沢基地のF-1は平成十三年に退役した。
 俺が空自をやめたのも、実はF-1に乗れなくなったからって理由も大きいのさ」

「アオ、その飛行機、好きだったのか?」

「ああ、好きだったさ……、俺の青春がすべて詰まった飛行機だからな。
 今でも操縦桿を握っている夢を見ることがある。
 F-1は、戦後、日本がはじめて独自開発した超音速戦闘攻撃機なんだ」

 青地はそう言いながら、ベッドのリクライニングスイッチを握ってベッドを起こし、サイドボードのスマホに手を伸ばしていた。

「ほら、これだ」

 青地は手にしたスマホの画面を私に向けて見せた。
 その待ち受け画面には、緑褐色の迷彩塗装が施されたスマートな機体が蒼空を飛行する姿があった。

「ほう……、これがF-1か。
 なかなかカッコいいな。
 でも少し翼が小さくないか?」

「ジュン、いいところに気づいたな。
 そうさ、その通りだ。
 非力なエンジンでマッハを越えるためには翼が小さい方が有利なのさ。
 それに翼が小さいと空気抵抗が少ないから低空で洋上飛行する際には海風にあおられても機体が安定するんだ。
 一方で、翼が小さいと旋回や宙返りなんかの機動性は劣るんだ。
 しかし、F-1は空戦主体の戦闘機じゃなくて、攻撃機だからそれでいいのさ……」
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