第108話 三沢【25】

文字数 798文字

【25】

「これ、売ってもらえるんですか? 展示用だからダメですか?」

 もし断られても、大学の研究室でどうしても必要な資料だから、とかなんとか言ってねばるつもりでいた。

「展示用でもよければ、どうぞ、どうぞ」

 意外なほどあっけない返事に拍子抜けがした。

「ちょっと、拝見します」

 手に取って表紙を開くと、裏表紙の見開き一面に「三澤航空基地」の鮮明な配置図があった。図中の文字もはっきりとして読みやすい。

〈やった! こりゃ、いいぞ……〉

 いそいそとページをめくると、「まえがき」に、さっきの恰幅の良い白髪の男性の顔写真が出ていた。

〈ああ、あの人……、ここの館長さんだったのか〉

 奥付を見ようとして巻末を開くと、その裏表紙一面に、整然と製図された基地の配置図が掲載されていた。
 原図の方は手書きなのだが、こちらの図面はきれいにトレースされ、図中の説明書きや凡例はタイプアップされ英語も併記されていた。

〈これは、もしかして終戦後占領軍に提出したものかな? それにしても、これは貴重な資料だぞ〉

 私は胸がワクワクした。

〈これが、最後の一冊なんだろ、間に合ってよかったよ〉

 ペーパーバック仕様だがかなり分厚い本だし、だいたい地方史関係のものは値段が高いので五千円は下らないだろうと思って奥付を見たら、税込みで二千八百円と書かれていた。
 青森県立三沢航空科学館はまったく商売っ気がないというか、良心的過ぎるというか、これも地域性なのだろうか? 
 私は急いで会計を済ませた。

「自衛隊の戦闘機とかは、どこに展示してあるのですか?」

 館内を探したのだが、青地が乗っていたというF-1の実機が展示されていなかったので、売店の女性に聞いてみると、館外の展示広場にあるという。
 示された方向に目をやると、ガラス越しの彼方に、整然と並ぶ機体が見えた。

 〈よし!〉

 私は購入した書籍を胸に抱くようにしてエントランスに向かった――。
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