第91話 三沢【8】

文字数 864文字

【8】

 興奮した青地に、聞きかじりの祖父の話をしているうちに、時間はたちまち過ぎて、あと一時間足らずで検査の時間だというので、私は青地にまだ聞いていないことを質問した。

「アオ、おまえ、終戦直前、三沢の海軍基地が日本最後の特攻作戦の拠点になっていたこと知ってるか?」

「おおっ、偶然だな! これまで知らなかったんだがな、この本の最後にそのことが書いてあった。
 入院してから何度か読み返してるんだがな……、これだ」

 青地がそう言って差し出したのは、表紙に大きな文字で『我敵艦に突入す』と書かれた単行本だった。
 その題名からすぐにピンときた。

「特攻隊の本か?」

「ああ、その通りだ。おまえ、じいさんの話を聞いたせいかずいぶん察しがいいな……。
 沖縄戦のゼロ戦特攻の話なんだがな、攻撃を受けた方のアメリカ海軍駆逐艦の乗組員たちが、戦後になって、自分たちの艦に特攻をしかけた英雄的な日本のパイロットをどうしても知りたい、という希望からはじまった特攻パイロット探しのドキュメンタリーだがな、エピローグにちょこっと剣作戦のことが書いてあるんだ……」

「ほう、それは興味あるな。
 しかし、アメリカ兵が、日本の特攻兵を英雄的って言ってるのか? 
 それおかしくないか?」

「ああ、誰だってそう思うよな? 
 しかし、特攻を受けた駆逐艦の乗組員たちは、日本の特攻兵のことを、命を懸けて使命を果たしたヒーローであり、自分たちの物凄い対空攻撃をくぐり抜けて任務をまっとうしたプロフェッショナルだって称賛してるんだな、これが。
 で、その特攻を体験した乗組員だけで、〈カミカゼ攻撃の生存者の会〉みたいなのを作っているんだとさ。
 俺にはなんとなく分かるような気もするがな……」

「なるほどな……。ジイさんの話もそんな感じだった。
 アメリカは憎い敵だったが、学ぶべきことも多かった、みたいなこと言ってたよ。
 悲劇的な事故や災害の体験が、それを共有した人々の同志的な結びつきを強めるってことか……。
 その人たちにとって、その出来事が特別な意味や意義を持つことになるんだろうな」
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